悪友

2022/06/05


「おっすチヒロー!おまえと事務所で会うの、なんか久々だなー!」
資料室の扉が開いて、元気いっぱいの声が響く。棚いっぱいに並べられたDVDの背を眺めていた俺は、その声に苦笑をすると声の主を振り返った。
「トーちゃん、元気だねぇ……」
ひらひらと手を振ってからこちらへ歩いてきた彼は、俺の同業者――富士野飛沫丸こと|渋木藤次郎《トーちゃん》だった。メイトプロの中でも人気の男優で、趣味嗜好は違うものの気の合う友人でもある。いつも元気な彼の声は少々大きい。部屋のつくりのせいで声が響くので、思わずそう返事をした。
「俺から元気を取ったら何が残るんだよ」
「えー、俺にそれ聞かないでよ」
軽口を叩いて隣に立った藤次郎は、適当な相槌を打って資料室の棚に視線を注ぐ。
「おまえ、前まではめちゃくちゃ事務所にも顔出してたのに、彼女と暮らすようになってからぜんっぜん寄り付かなくなったからなー」
俺たちの仕事はスケジュールの都合もあり、よく会う同業者は自ずと多忙な相手になりがちだ。特に男優側の打ち合わせなんて、同じ制作会社分は複数まとめて行うことも多い。となると面倒なので同コンセプトの作品に出演する男優も同時に打ち合わせ……なんてこともままある。特に、うちの事務所では。それをさせているのも、そういう作品作りを嫌がらない男優ばかり雇っているのも、社長の手腕が大きいのだけれど……さすがだよなぁ、と育ての親でもあり、頭の上がらない相手でもある社長の顔を思い浮かべた。
「前はこっちにいすぎだっただけでしょ。顔はまあまあ出してますー」
「彼女同伴でだろーが」
「あはは、それはまーね♡」
笑ってから社長にすっごく懐いてるからなぁ……と言うと、藤次郎も「あー」と声を上げる。元々俺が粗相をしちゃったときに〝臨時マネージャー〟としての職を提示して短期間とはいえ雇用をしてくれたり、俺と付き合いだしてからもむしろ応援してくれたりと「俺よりもむしろ彼女へのサポートの方が手厚くない?」と言いたくなるくらいには、社長がいろいろとしてくれているせいか、すっかり彼女は社長に懐いているのだ。実家を勘当されていて、社長が育ての親みたいになっている俺としては嬉しくはあるんだけど。
「社長も人たらしだからなぁ……」
「ま、事務所に来たりうちのスタッフに会うのを嫌がったりしないでいてくれるー……って考えたら、ありがたいんだけどねぇ」
「はは、まっそれもそうか。つーか久遠さんが特殊なだけで、普通の娘さんだったら職業の時点で嫌がられてんだろ」
飽きたのか申し訳程度に置かれている作業机の方へ歩きながら、藤次郎はそう言って手を振ってみせる。
「ふふ、最初の出会いが現場とうっかり……っていうのもあるけど、ほんとにありがたいと思ってるよ」
「おーおー、遠慮なく惚気んなよチヒロ……」
呆れ顔をしながら椅子にドカリと座り込んだ友人の表情は、それでも柔らかい。なんだかんだ心配してくれてたもんなぁと、すこし笑う。
「いーでしょ、事務所のみんなには公認だし~♡」
にこりと笑顔を返して、ようやく資料棚に向き合いなおした。

◇ ◆ ◇

しばらく棚を物色して次の撮影の資料になりそうなものを数本引き抜くと、パッケージ裏面に目を通す。ややあって、しばらく無言でこちらを眺めていた友人が口を開いた。
「つーか、なんでまた最近資料ばっか借りてんだよ?」
さっき居場所を聞いたら岡持さんが呆れ顔で「チヒロさんなら《《また》》資料室ですよ」って言ってたぞと思い出したように尋ねられる。
「ふふ、なんでだろうね?」
「……あ?あー……もしかしておまえ、彼女に同じことさせてんのか?はぁ~マジか、俺あの子に〝チヒロのことこれからも宜しく頼んだ〟って言ったんだぞオイ。悪い娘に引っ掛かったんじゃねぇかってあの子のこと疑っちまったけど、どっちかっつーと悪い男に引っ掛かったのは久遠さんの方じゃねーか……」
盛大にため息をついたトーちゃんの冷ややかな視線とお小言が飛んできて、俺は肩を竦めて「俺、肯定も否定もしてないんだけどなぁ」と笑ってみせた。
「今さらしらばっくれるなよ……つーか岡持さんのあの態度と言い、絶対《《そう》》だろ。……んで、なんでわざわざ事務所のDVD借りてってんだ?自分の家に山ほどあるだろうが」
「あー、もうトーちゃんはそういうところデリカシーないんだから。……あのねぇ、俺の家にあるのは《《俺の出演作》》なーの。シチュエーション系とかならまだしも、いくらお仕事に理解があったって、彼女にがっつり女優さん映ってるやつ見せるのはどうかと思うでしょ」
頬を膨らませて藤次郎にそう指摘すると、またも盛大なため息をつかれる。疲れたように天を仰いで目頭を揉んでいる様子を見ていると、くたびれた休日のお父さん感が強い。
「……あのなー」
言葉を探しながら話し出した藤次郎が、おふたりさんの間のことだしあんまりお節介焼きたくねーけどよ……と苦虫を噛み潰したようなカオをする。
「理屈は分かるし理解もしてやるけど、おまえもおまえで気を遣う方向性がおかしいだろ……。いや百歩譲って〝好きな子と一緒にAV観る〟はいいんだよ、わかる。俺らの仕事はそういう連中のためでもあるわけだし!」
「別に久遠ちゃんも嫌がってるわけじゃないんだけどなー。さすがに彼女が本気で嫌がってることはしないし、塩梅は見極めてるつもりだよ?特殊系とか過激なのは見せないし……」
「おう、チヒロにひと欠片の良心が残ってて良かったわ。……じゃねぇんだよ!おまえなー、あの子がおまえにめちゃくちゃ甘いことくらい自覚あるだろうが」
「……?あるけど」
「キョトンとすんなよそこでよ。はー、俺はおまえの兄貴じゃねぇんだぞ……」
あー岡持さんみたいに俺もスルーしときゃ良かった。俺のミスだなーと呟いて、まどろっこしい言い方をしていても埒が明かないと思ったのか、彼はひと呼吸置いてから改めて言葉を紡ぐ。
「……見る見ないは彼女の意思だろ。チヒロの気遣いも尤もだけどな、最初から選択肢奪うんじゃねぇ。あの子は物分かりがいいから、おまえの遠慮も気遣いも汲んでくれるだろうけどよ……おまえら前にそれで揉めたんだろ。もう〝AV見せる〟なんつーとこまでお互い信頼しきってるにしても、たまには言葉にしろよ」
気遣いって言うと耳障りよく聞こえても、最初から選択肢を与えないっつーのは信頼してないようにも受け取れるからな、と注意されて俺は素直に「なるほど」と頷いた。
「おまえの女性恐怖症とか、久遠さんはよーくわかってるんだから余計だ。知らねえってんなら別だけどよ、あとはチヒロの心理的抵抗の問題だろ」
「んー、そういうものかな……。まあ今度機会を見つけて聞いてみよっかな」
うーんと若干難色を示しながら返事をすると、あの子の芯が意外と強いことに、チヒロだけが普段は鈍感なんだよなぁと頭を掻いた藤次郎のつぶやきが追ってくる。
「……友人の事情とか聞きたくねぇから聞いてこなかったけど、おまえ……その感じだと相当あの子に求めてないか……?」
「あはは、ご明察ー。なんだかんだほとんど毎日かな」
「はー……ほんと、悪い男に引っ掛かったのはあの子の方じゃねぇか。……今度またなんか差し入れしてやるか……」
仕事を終えたときよりもよほどげっそりとしたカオの藤次郎を見下ろして、俺はそっと笑みを返す。
――ま、その《《毎日》》も一回きりなわけもないし、差し入れは差し入れで《《そういうキッカケ》》に使ってるのは、秘密だけど。