異世界

2022/04/03


「えっ、なんですかここ……?」
のどかな風景――を通り越して、殺風景とも言える風景が広がる様子に、思わずそう声を上げた。
「どこかなぁ……。その感じだと、久遠ちゃんも見覚えないよね?」
「ない、ですね……」
視界いっぱいの緑に、抜けるような青空。いきなり森のただなかに放り出された訳の分からない状況にも、まあこれだけ平和そうならなんとかなるか……と思えてくる。要は気が抜けてしまうほどの〝何もなさ〟というワケだ。もう一度周囲を見回して、人の気配に神経を集中させる。やはり、人の気配は感じられない。田舎なら特段不思議な光景でもないか、と納得して隣の恋人へ手を差し出した。
「突っ立ってるのもなんだし、ちょっと歩いてみよっか♡」
そんなに危険はなさそうだし、と告げた俺の言葉にこくりと頷いて彼女が手を握り返してきたのが、数十分前のこと――……。

◇ ◆ ◇

「ごめんね、久遠ちゃん。さすがに俺もこれは予想してなかったって言うか……」
――あの後、しばらく森を歩いたところで、彼女が何かを踏みつけた。不思議な感覚が足裏から伝わったのか、「ふえ!?」と声を漏らした彼女にどうしたのか尋ねようと思った瞬間には、うぞうぞと蠢く《《ナニカ》》が久遠ちゃんの周りを取り囲んでいた。隣にいたものの、その生物を踏まなかった俺には一切の興味を示さずに、だ。
「千弘さ、ゃ……これっ、なん……ですか……っ」
目に涙を溜めて、途切れ途切れに聞いてくる彼女の声は、上擦っている。もちろん顔も赤いし、息も上がってしまっている。それもそうだろう。彼女が踏みつけて、吊し上げられたのは——いわゆる触手だった。
さすがに俺も年間300〜400ペースでそういう作品に出ている以上、特殊設定の作品に出ることもあるから、知識としては知っている。〝《《異世界モノ》》〟でお馴染みの、アレだ。……つまるところ、逆説的に今いるここが異世界だということになるけど。不思議なこともあるモノだなぁ、と謎の感慨を抱きながら、目の前で身体をまさぐられて涙目になっている彼女を視界に入れて俺は微笑みを返す。
「あ、そっか久遠ちゃんはあんまりこういうの知らないんだっけ?触手、って聞いたことある?」
「聞き覚え、くらいは……あります、けど……っ!ひゃ……っ、ぁ……♡」
身動きが取れないわけではない。触手の拘束は緩い。けど、足のつかない位置に吊り上げられているせいで、抵抗できずにいる彼女を眺めて「なるほど」と頷いた。
「あの、千弘さ……っ♡ たすけて、くださ……い」
ぴくぴくと小さく体を震えさせて、都度途切れる声でそう請われる。一歩近づくと、真っ赤に染まった久遠ちゃんの顔を覗き込む。
「そうは言っても、こんな弱い刺激じゃイケないでしょ?久遠ちゃんは♡」
なにしろ普段相手をしているのが、俺なのだ。刺激に身を捩ってはいるけれど、彼女がつらいのはむしろ《《いいところを的確に責めてもらえない》》方だろう。自慢ではないが、特技の〝性感帯当て〟はかなりの精度の自負がある。なによりその俺が、徐々に感じ方を含めて……ほぼ毎日、快楽も快感も教え込んできた相手なのだ。並大抵の相手でイケるわけがない。残念ながらこの触手の催淫効果は薄いのか、むしろ感度を上げる方向性の効果にしてあげた方がよかった気さえする。
「な……っ!?千弘さん、なに……言って……!」
――ほら、ね。
触手に責められて、より俺にそれを言い当てられた方がまだ顔が赤くなるんだもん。
「ふふっ、久遠ちゃんの身体の具合で、俺がわからないワケないでしょ……♡ それよりも、俺的にはちょーっと残念だったなぁ、触手ってもっと万能のエロアイテムだと思ってたんだけど♡」
ついついと、指先で彼女の肌の上を這い回るそれをつついて笑う。見た目は様々、凶悪な見た目をしたモノも幾つかあるにはあったけど、イイトコロを責めなければそれすらも宝の持ち腐れでしかない。
頬を強張らせた久遠ちゃんが、抗議にならない抗議を音にできないまま、ぱくぱくと口を開閉させているのも無視して、すり……と上気した頬をひと撫でした。こちらへ向けられた視線を真正面から見据えて、絡めて。とろ、とわずかに瞼が落ちたのを見て、喉を鳴らして舌舐めずりをする。
「ね、イケないのに嬲られてしんどかったよね……♡ 久遠ちゃん、どうしよっか?」
「千弘さ、ん……に、楽に……して、ほしい……です……っ」
「よく言えました♡ じゃあ……久遠ちゃんの望み通りに、ね♡」
そう言って、にこりと笑いかけると手を伸ばした――……。

◇ ◆ ◇

へたりと力の抜けた久遠ちゃんの身体を抱き留めたところで、急に世界が暗転する。
ここへ来た時と同じ。つまり、元に戻してくれるってことかな……と思考しながら、強く彼女の身体を抱きしめた。息を整えていた久遠ちゃんが、そのまま俺の胸元に頭を預けて大人しくしているのを見下ろして、くすくすと笑う。
普段、あんまりモノを使ったりしないからうっすらわかってはいても、自覚は薄かったと思うのだけど。どれだけ俺のいいように染められているのか、さすがに彼女にも伝わっただろうなと思って逆に楽しくなっている。多分、彼女はもうずっと前から知っていて。それでも、俺相手だからいいかと色々と赦してきてくれたはずだから。
……暗転した世界に、光が射してくる。それは、俺が彼女の存在に救われて一筋の光明を見つけたあの日の感覚に、よく似ていた。
『……なんで、謝るんですか』
キミのことが好きだよと告げた俺が、そのまま最後に『ごめんね?』と言い添えたのを聞いて告白の返事よりも先に、彼女が返してくれた言葉。それに俺は『俺のお仕事、嫌って子もいるでしょ?』と答えた。そして『無理に俺の事好きになれ、なんて言わないよ。でも、俺は久遠ちゃんのことが好き』——、そう言った。
言いはしたけど、多分あの時からずっと……手放す気なんてなかったよなぁと、自分のことを自分でもすこし懐かしく思いながら思い出す。まあ、俺も別に俺のことを彼女が嫌っていない――どころか、割と好意を持ってくれているのは知ってたんだけど。でも、だからこそ。本当に言葉の通り、《《俺にならいい》》と思ってまるごと受け入れてくれているんだなとわかったら、より愛しさが溢れて止まらないんだ。
ぶわっとひときわ強い風が吹き抜けて、思わず目を瞑る。次に目を開けたときには、見慣れた部屋が広がっていた。飛ばされる前、談笑していたはずのソファにそのまま戻っている。
――俺たちが生活をしている家。ふたりの家。無機質で最低限しか物がなかった部屋は、今では彼女との生活でできた思い出の数々があちこちに飾ってある。華美さはなくても、どこを見渡しても久遠ちゃんとの思い出が蘇る、そんな家になった。
「あ、あれ……お家に戻ってる……?」
腕の中でそう声を上げた彼女は、なんだったんだろうとしきりに首を傾げている様子だった。一度体温が上がったせいか、甘くて落ち着く……俺の大好きな香りがふわふわと鼻腔をくすぐってくる。
「無事に戻れてよかったね、久遠ちゃん♡」
なでなでと頭を撫でながらそう言うと、大きな瞳がこちらを見上げて細められた。
「ほんとに……いきなり捕まったときはどうなるかと思いましたけど……」
ごにょごにょと視線を逸らしながらそう言った彼女の言葉尻が、どんどんと萎んでいく。俺の前では臆面もなく乱れてるのにと。意地悪なことを言おうかと思ったけど、それもやめて視線を彷徨わせている久遠ちゃんの耳元に、唇を寄せた。
「でも、俺は嬉しかったよ……♡ ただ、俺はシてないし……不完全燃焼なんだよね♡」
そう囁くと、触れそうな位置にある彼女の耳が、瞬く間に真っ赤に染まる。じわ、と熱い体温が触れていなくても伝わってくる。
「ねぇ、久遠ちゃんも一回イったくらいじゃ満足できないでしょ?」
というわけで、と言いながら身体をやさしく座面に引き倒すと片手で服を脱ぎ捨てて、久遠ちゃんに覆い被さった。