他人の視線

2022/05/28


「……は?」
一瞬、自分の目がおかしくなったのかと思った。見知った顔が、休日の真昼間から|こんなところ《アダルトショップ》に入ってきたからだ。
こんな仕事をしていれば、イヤでも見る顔が複数ある。売れてる女優の顔、売り出し中の女優の顔――それから、トップ男優の顔。
うちみたいにそれなりの店舗面積ともなれば、そういう品揃えもそれなりなので余計である。しかも立地はどデカいショッピングモールの中、新装開店したところ。別の店に来るついで……ごまかしが効くせいか、オープンしたばかりのショッピングモール中にある店舗だと言うのに、もうそれなりに常連も出来たほどだ。
店柄、若干辺鄙な通路の先にあるとはいえ……それでも繁盛している方だろう。
そうは言っても、人間心理と言うもので《《休日の昼間》》……つまり、ショッピングモール内に普通の買い物客が一番多い時間帯、店は閑散としている。理由は単純、ほかの誰かの目につくかもしれない……知り合いに見られているかもしれない、という心理が働くから。平日の昼間や夜だとこれが逆転して、結構忙しくなる。
――そんなわけで、大抵の店のピークタイムに暇を持て余しているわけだ。こうなってくると品出しも終え――というより、販路の都合上こういった商品は週末に使いたい人が多いからだろうか、週半ばの販売開始であることも多い――やることが〝防犯カメラ映像をぼんやり眺める〟くらいになるのだ。
一応レジに待機している店員がもう一人いるとはいえ、圧倒的に暇である。発注書の記載も手持ち無沙汰すぎて午前に終えた。
そんなとき、店にこの時間帯にしては珍しく来店があったのだ。バックヤードに設置されている店舗入り口用のセンサーが反応したので、間違いない。「お」と思いながら、入り口付近を映したカメラのモニタへと視線を移した。
――そして、先ほどの気の抜けた声を上げる羽目になったのだが。

◇ ◆ ◇

「いやいや……見間違うはずがない、よな」
まさにパッケージの中で見慣れた顔。ピンクの髪に甘やかなルックスをした長身の男性――業界でここ数年、不動のNo.1を誇るトップ男優。どうみてもその人である。
なぜうちの店にという疑問と、どう見ても親密な間柄なのであろう連れの女性に、頭の中は疑問符でいっぱいになった。
これでも職業柄、普通の人よりも無名女優にも詳しいつもりだ。今はグッズ販売がメインの店とは言え、系列店には映像作品をメインに扱う店も多い。だが、そんな脳をフルに稼働させても、とんと該当する顔に思い当たらない。そもそも防犯カメラ映像では、店舗入り口部分は遠景での撮影になっていて、はっきり顔立ちまで視認できる映像ではなかった。
「店長~ちょっといいですか?」
そんな矢先、レジに出ていたはずのスタッフがバックヤードへひょこりと顔を出す。渡りに船だと謎の興奮を覚えながら、ぶんぶんと手招きをした。
「……え、なんですかそのリアクション」
若干困惑……というよりは引かれた気がするが、この際気にしないことにしよう。いいから、と再度強く手招きをする。「えぇ……」と言いながらもやってきた彼に、モニタを指し示して質問を投げかけた。
「……このお客、見覚えない?」
「なんですかほんと。急に……ってえ?これ本物ですか?チヒロ……ですよね、どう見ても」
「って思うよなぁ〜!?」
同意を得て、思わず額に手を当てる。
「まぁ見間違いようがないというか。特徴的ですし……。え、プラベ来店なんですかこれ?」
「……多分」
「あー、じゃあ隣の……彼女さん」
「……うん、多分」
「そういやいつ頃からだったか、チヒロのプラスタに載る食事の写真がふたり分になったんですよねー」
「……チヒロのプラスタ見てるんだ……」
「いやまー、興味本位というか。モテようと思ったらめっちゃ参考になりそうじゃないですか?女性人気すごいでしょ、チヒロ」
「……いやうん。わかるようなわからないような、わかりたくないような……」
「まぁそんなこんなで、最近は更新ペース落ちてたのも上がりましたし。えーとほらこれですこれ」
「朝ごはんの写真……?」
「そうなんですけどほら、後ろにも同じメニュー映ってるじゃないですか。しかも茶碗が色違いサイズ違い。やっぱこの頃に彼女できたんですかね~」
すいすいとアプリの画面を立ち上げて見せてくれた写真には、和食メニューで構成された朝食の画像が上がっていた。写真のメインはなぜか主菜じゃなくてお味噌汁という、ちょっと不思議な構図ではあったが。写真奥でピントを外されボケてはいるが、確かに彼の言う通り、茶碗が色違いであることがわかる。
「ま、あれだけ人気の男優ですし彼女くらいいるでしょーけど。……にしても、女性の方……店長見覚えあります?」
彼の聞きたいことには察しがついた。男性向け作品でもトップの男優を務めながら女性向けのAVにも出ているほど、チヒロの出演作は多い。彼の所属するメイトプロは業界トップの男優が揃う事務所ではあるが、彼らはみな女優と違いメーカー専属の形ではないので、とにかく出演作品が多いのだ。すべてを網羅するのは無理だろう。
「……ないよ、それにプラスタにも一度も顔出ししてないんだろ?じゃあ一般人なんじゃないかなぁ」
「一般人で彼氏がトップ男優で受け入れられるってスゲ~……。心の広さ太平洋並みですか?」
「男優に惚れて勝手に自滅していく女優も多いのにねぇ」
こういう仕事なのだ、突然発売中止になったりするものもそれなりにある。必然的にそう言った噂を聞くことも多かった。
「やっぱそうですよねー。稀有な人種だな~。つーかまたなんでほんとウチなんかに来たんだろ、めっちゃ話し込んじゃいましたけど……今何してるんすかあの人たち」
「……えーっと」
スマホの画面を見たりしていたせいで、いつの間にか彼らは店内を進んでいた。モニタに移すカメラ画面を切り替えて、その姿を探す。
「あ、いましたね下着コーナーだ……」
「っていうか入店してからずっとがっしり手繋いでるんだよなぁ、アレはどういう意図なんだろう……」
「マジですか?レジからじゃ死角で顔も見えなかったんで……。ていうか見るからに顔真っ赤じゃないですか彼女さん。はー、彼氏男優でそれは平気なのにこういうの照れるんだ……?うわー希少〜」
「珍獣みたいな言い方するのやめようね……」
「いやでも店長考えても見てくださいよ。男からしたら夢みたいな人じゃないです?めちゃくちゃ下世話な話ですけど、男優相手で平気で多分同棲してるとなったら絶対やることはやってるじゃないですか。その上普段は初心なわけでしょ?マジで男の夢の具現以外のなんですか?」
「……わかった、わかったから落ち着こ?」
「うらやまし〜ッ!来世でいいからチヒロになりたいっすわ……」
「男優は男優で苦労しそうだけどね……」
一般人の彼女を選んだということは、業界の中ではソリの合う人はいなかったということなんだろう。モニター越しに見ているだけでも、幸せで楽しそうな様子が伝わってくる表情を浮かべる彼を見て、俺は初めて彼に人間らしさを見た気がした。なんでもこなせる男優、NGもない。
でも、男優としての彼は完璧すぎて——今までは別の世界の人のように思っていたところがあったのだ。だからなぜか、よくわからないけれど……繋いだ手を離さず、常に肩が触れそうな距離でいる彼らの様子に心底安堵した。
「あ、彼女さん試着室行きましたね。んじゃ店長、オレはしばらくレジ出てますねー」
そういえば彼が引っ込みんで来たときの用事はよかったのだろうか、と思いながらその背を見送る。

◇ ◆ ◇

「ありがとうございましたー」
退店していくふたりを見送って、ほっと息を吐いた。台風が過ぎ去ったかのような、謎の緊張感がある時間が終わり、どちらからともなく「ふぅ」と草臥れたため息が吐かれる。
結局、女性が何度か試着を繰り返している間に彼が会計を済ませて、その後彼らはまたも店内で少々イチャついた後……店を後にして行った。イチャつく、と言っても流れるように試着室から出てきた彼女の手を引いて、バイブを手にしたチヒロが耳元で何かを囁き、彼女は顔を真っ赤にして何事かを返事をしている様子で。その後、頭を撫でられキスをされて半ば誘導されるような退店である。アレでは自分の着替え中に何かを購入したことなど気付きようもないだろうなぁ、と一部始終を目撃して舌を巻いた。退店時も手を繋いで、身体を寄せるようにして歩く様は、なんというか。
「……絶対他の男は近寄らせない、って意志が凄かったですねー」
ああ、それだ――と。得心して、意外な一面を見たなぁと僅かに笑った。