倒錯する関係

2022/06/14


「さて、と……もうちょっとこうして久遠ちゃんとひっついてたいけど、お風呂入れちゃわないとね?」
言いながら身体を起こすと、小さく笑ってきょとんとした表情を浮かべる妹の額に口付けた。「なんで?」という表情でこちらを見上げるその顔が、瞬く間に赤く染まる。
「ふふっ、かーわい……♡ お顔真っ赤だよ」
形の良い頭を撫でると、また気持ち良さげに目が細められた。きっと妹は無意識なのだろうけど、彼女と兄妹になってから、もう十年の間ずっとこうだ。俺が頭を撫でてあげるたび、このふにゃふにゃに緩んだ表情で見上げられて、今までの俺はよく我慢してきたなぁ……と我ながら感心する。もっとも、妹への……家族に抱く情を超えたそれを抱えていた今までの俺は、彼女のその表情を見るたびに「いつかこんなにも気持ち良さげにとろけた表情を、俺以外にも見せるようになるのかな」と締めつけられるような想いを同時に抱いていたわけなんだけど。その心配がなくなった途端に、とめどなく溢れる想いを、自分でも、どうコントロールしていいのかわからなくなっている。
「……う、お兄ちゃんじゃなきゃ、こんなに赤くならないもん……っ」
すりすりと赤く染まった目元に指を這わせると、ただそれだけで妹の華奢な肩がちいさく震えた。……本当に、可愛らしい。十年の間、ずっと堰き止めてきた〝大好き〟という気持ちを受け入れられて、どうやら俺は相当舞い上がってしまっているようだ。
──でも、舞い上がらない方が無理というものではないかとも、思う。ろくに自分で慰めたこともなくて、俺の知る限りは彼氏を作ったこともない。誰かに裸を見せるのも、触れられるのも——もちろん、誰かを受け入れるのも初めてのはずの子が、真っ赤な顔で俺を見上げて、震える声で「お兄ちゃんともっと繋がりたい」と、「千弘お兄ちゃんといけないこと、シたい……」と。|い《﹅》|け《﹅》|な《﹅》|い《﹅》|こ《﹅》|と《﹅》だとわかっていながらも、自ら懇願してきたのだから。キスですら辿々しく、舌を絡めれば戸惑いながら必死に受け入れるのがやっとなのに、俺の愛撫を、指を、熱を受け入れて……初めての快感に身を捩って嬌声をあげ、潤んだ瞳で熱に浮かされたように何度も何度も、「お兄ちゃん」と甘えられたら、理性なんかあっという間にぐずぐずに溶けて、どこかへ行ってしまった。〝いいお兄ちゃん〟でいようとして頑張った期間の踏ん張りを、いとも容易く押し流してしまうほどに……大好きが止まらない。
本当はどこまでも貪欲に、我慢していた期間の分も——両親がいない、ひとつ屋根の下に俺と久遠ちゃんふたりっきりの、この都合のいいお誂え向きの据え膳を、貪るように享受してしまえれば、どんなにいいだろう。
けれど、世界で一番大切で、誰よりも可愛い妹のことは……大事にしてあげたい。無茶はさせたくなかった。だからこそ、これでも必死に押し留めている。
「もう……あんまり可愛いこと言ってると、また久遠ちゃんのこと食べちゃうよ?気付いてないかもしれないけど、お兄ちゃんこれでも結構頑張って我慢してるんだから♡」
冗談めかしてそう告げると、触れたままの手から伝わる頬の温度が、ぐっと上がった。気恥ずかしそうに視線が逸らされ、次いでするりと指の上を肌が滑っていく。ぎゅう、と胸元に抱きつかれてこちらを見ないまま、くぐもった声が鼓膜に届く。
「お兄ちゃんの、ものだもん……我慢なんか、しなくたって……いい、のに。今までずぅっと、いいお兄ちゃんだった分、兄妹ふたりきりのときくらい……ちょっとくらい悪い子になったって、誰も怒らないよ?……私も、一緒に悪い子になるから」
――お父さんとお母さんには|内《﹅》|緒《﹅》の、兄妹ふたりだけの|秘《﹅》|密《﹅》にしよう?と。
これ以上ないほどに甘美で、蠱惑的なささやきがぽつりと溢される。抱き締めて、触れた肌から伝わる体温が……鼓動が、急に境界線を曖昧にしてカタチを見失いそうになる。ひとつになってしまったような、そんな感覚。ささやきひとつで、脳髄が甘く痺れるほどのそれに、本能的に理解する。
「……まったく、もう。久遠ちゃんってば、いったいどこでそんな殺し文句、覚えてきたの?」
――ああ、溺れているのは俺の方なんだ……と。
「本当に……お兄ちゃん、知らなかったなぁ。可愛い可愛い妹が、ついさっきまで男も知らなかったのに、そんな風に男を誑かす、えっちで悪い子だったなんて……♡」
頑なに顔を見せてくれない恋人の耳元で、低くささやく。同時に指先で耳のカタチを確かめるように撫でると、びくりと身体が跳ねた。ややあって、ゆっくりと彼女が顔を上げた。
「……お、にいちゃ……」
ごめんなさい、ととろとろにとろけきった顔でちいさく謝る妹の頭を、安心させるように撫でてやる。
「久遠ちゃんが……他の男のものになんてならなくて、本当によかった。こんな風になるんだ、って知っちゃったら俺もさすがに耐えれないもん♡」
「ッ……♡ 安心して、ぜんぶ……千弘お兄ちゃんのもの、だよ。お兄ちゃんしか、知らない……もん」
恥じらいながらも返された返答に、ふふっと笑って「そうだよね」と応じ、それでも、と言い添えた。
「……とりあえず、今はだーめ♡ お互い汗かいてるし、身体冷えちゃうでしょ?お風呂入って、お夕飯食べて……それで、そのときまだ久遠ちゃんの身体が平気そうだったら、ふたりで考えようね♡」
急がなくても、両親の錫婚式旅行の残り日程は、一週間以上ある。大事な妹の身体に負担をかけてまで、自分の欲をぶつけたいわけではないのだ。
「……ん、うん……」
「ふふっ、あれ……久遠ちゃん不満そう……♡ そんなにお兄ちゃんとシた初えっち、よかったの?」
歯切れの悪い返答をからかうように指摘すると、先ほどこれより何倍も恥ずかしいことを口にしたはずの妹は、りんごと同じくらい顔を真っ赤にしてあうあうと口を開閉し始める。
「〰〰ッ、お兄ちゃん……ッ!」
「ふふ、さっきちゃあんと教えてくれたもんね♡ ま、でも義父さんたちが帰ってくるまでまだまだあるし……こういう事スるのは、今日だけじゃないから。……さっき、我慢しなくていいって言ったのは久遠ちゃんだもんね?だから、その分この先、俺のお相手よろしくね……可愛い恋人さん♡」
そう言って、また額に口付けると……言葉を失って真っ赤になった妹を部屋に残して、風呂場へ向かった。
――そういえば、それなりに大きくなってからの再婚だったから、兄妹だけど一緒にお風呂、も今日がはじめてかもなぁ……なんて、想いを馳せながら。