渇愛と獣慾
2021/11/14
「ふふ、本当に気に入ったんだね?」
ふりふりと左右に尻尾を揺するたび、彼女の視線が注がれる。尻尾の動きに合わせて視線が左右を往復する様子を見て、なんだか猫じゃらしを前にした猫みたいだなと思った。
そう考えたら、キミに耳や尻尾が生えなかったことがすこし残念になる。ふわふわの髪の合間からぴょこんと覗く耳なんて、それは可愛かったろうになと考えながら、そう声にしていた。
「……えっ、あ……すみません。つい、また目で追ってしまってましたね……?」
恥ずかしそうに俯いて、久遠ちゃんがはにかんで笑う。もふもふした動物に目がないんですと笑っていた彼女は、その通りずっと俺の尻尾の動きを目で追っている。久遠ちゃんが気に入ったならもうしばらくはこのままにしようか、と提案したのは俺だけれど。あまりに素直にその提案を受け止め、ふわふわの触り心地を楽しんでいる彼女の様子を見ていると、本当にしばらくはこのままでいいかもしれないと思った。
「いいよ、見てても♡ 久遠ちゃんが俺のことをずっと目で追ってくれるの、悪い気はしないしね」
そう言って、ほんの少しイタズラに笑う。
普段の俺は、仕事の休みも不定期で朝から晩まで撮影の日もあれば昼過ぎからのスケジュールだったりと、何もかも一定であることはない生活をしているから。たまにこうしてまとまった休みがある贅沢を、楽しんでもきっとバチは当たらないだろうしね。
「じゃああの……千弘さん。また、尻尾もふもふしても……いいですか?」
「もちろん。はい、どーぞ♡」
おいでと手招きをしてみせると、彼女はうれしさを隠せない表情でぱたぱたと駆けてきて、俺の隣に腰を下ろす。その素直さも、〝俺だから〟こうして来てくれていることもわかるのに、どうしてかうれしいけれど複雑で。いつもよりほんのすこし、意地悪な気持ちが湧き上がってしまう。
……彼女は普段、毎日俺が触れることを許してくれるし、もっともっとと求めても、それに応じてくれる。けれど存外、彼女の方から俺にこうして求めてくることは少ない。
だから際限なく求めてしまいたくなるけれど、どう考えても体力的にも優位性があるのは俺の方で。こういうとき、自制をしなければならないのはわかってるから、困らせたい気持ちと、ちゃんと約束を守らなきゃという気持ちと、ふわふわして柔らかくて甘い、俺にとっての最上のご馳走に溺れてしまいたい気持ちと、全部が胸中で綯い交ぜになって、身動きが取れなくなっていく。
彼女が俺を気遣ってくれる気持ちも知っている。何度彼女に「仕事でも一度もスタミナ切れを起こしたことはないんだよ」と話をしても、求めれば欠かさずに千弘さんは大丈夫ですかと聞いてくれるし、そんなところが好きだなと思う。
聞いて、俺がこの時間を楽しみにお仕事を頑張ってきたんだよと言えば、顔を赤くしながらも俺の求めに応えてくれるところが、本当に。――心の底から|慕《した》わしい。
「それにしても、何度撫でられても尻尾の感覚があるって不思議だなぁ……」
やさしく、梳くように手を動かす彼女の指の動きを眺めながら、ぽそりとそんなことをつぶやいた。
「不思議ですよね……本当に。尻尾があるってどんな感覚なんですか?」
「うーん、言葉にするのは難しいけど……腕とか足がひとつ増えたような感覚だと思ってくれて間違ってないよ」
「な、なるほど……!あれ、と言うことは私は今、千弘さんの腕を執拗なまでに愛でる人になってますか?!」
「ふふ、まあここに実際あるのは腕じゃなくてもふもふでふわっふわの尻尾だからね……♡ なにより、俺が気にしなくていーよって言ったでしょ?」
興味津々と言った風で、質問を投げかけてきた彼女を諭すように、ぺたんと器用にその腕を撫でるように尻尾を動かす。尻尾は凡そ感情のままに動くみたいだけど、慣れればある程度は自分の意思で動かせるようになったので、外出しづらい以外に困っていることはなかった。
「あ、でもそうだな。代わりに、久遠ちゃんが満足したら……俺にもキミをぎゅってさせてくれる?」
ずっとキミに見られて、撫でられてたら俺の方も満たして欲しくなっちゃった♡と囁くように耳元で告げる。
赤くなってその指を止めた彼女に、だめかなと笑いかけた。赤く染まった頬を、指先でなぞり視線を合わせると恥ずかしそうにその目が揺れて、戸惑うように俺を見上げて。
「……は、い……」
……ややあって、照れを滲ませた声がした。きゅ、とわずかに指先に込められた力が尻尾から伝わる。それだけでもう、愛しさが溢れて止まらなかった。
◇ ◆ ◇
すり、と鼻先を肌に埋めてその体温を感じる。
耳と尻尾が出てから、いつもより鋭敏になった鼻に彼女の匂いがふわりと届いた。
俺と同じシャンプーを使っているはずなのに、彼女の匂いと混ざるともっとずっと甘くてやさしいものになる。
「ふふ、本当にいい匂い……♡」
すりすりと何度も首筋に鼻を摺り寄せて、胸いっぱいに匂いを吸い込む。
くすぐったいのか逃げるように顔を逸らそうとするのを追いすがり、ふたりでベッドに倒れ込んだ。覆い被さる形で倒れ込んで、真正面から瞳を合わせる。
「……あの、千弘さん……?ぎゅってするだけじゃ……なかったですっけ……」
「うーん、そのつもりだったんだけどね。今日はずっとキミに見られてたわけだし、抱きしめたら止まらなくなっちゃった……♡」
いつもならその柔らかな内腿に指を這わせて触れるところを、今日は尻尾を絡めて毛先で肌を撫であげて。
毎夜のようにこの場所でこうして愛されている彼女が、ちゃあんとそれを連想するように、じわじわと燻る熱を共有していく。
「ね、今日から三日間はおやすみもらえたわけだし……いつもはちょっとだけセーブしてるけど、今日はいっぱい愛しても……いいよね?」
そう言って首筋に唇で触れる。やさしく食むようにして、何度も唇を寄せるたび、キミの内側で焚きつけられていく火が大きくなっていく。
触れるたび小さく震える喉を見て、反射的に唇を舐めた。やさしくしているけれど、俺はいつもキミを求めて、狩る側の立場にいる。
困ったように眉根を寄せて、口を開いて――それでも、何も言えずに一度口を閉ざしてから。潤んだ瞳で俺を見上げて、震える声と熱を持った吐息がキミの喉から零れ落ちる。
「……っ、はい……」
その返事を合図にして、噛みつきたい衝動を殺しながら答えを紡いだ唇にキスを降らせた。
早く、俺だけでいっぱいになって。ただただ、愛らしい声で啼いて、俺の名前を呼ぶ姿を見せてほしい。キミが、どうしようもなく俺でいっぱいになってくれることが、一番充足感を与えてくれるから。