狂おしいほどの〝愛〟

2023/02/01


自宅のドアの閉まるガチャンという音を遠くで聞いて、ほうとひとつ息を吐いた。
ただ吐いたその吐息だけでも、熱く……昂っているのがわかるほど。ぞくぞくと身体の底から湧き上がる興奮と歓喜に、思わずぶるりと身を震わせる。
「はぁっ……やっと、や〰〰っと俺のモノになってくれた……っ♡」
喜びから震える手に顔をぎゅうと押しつけて、声を漏らす。
彼女の前では言えなかった本音、格好悪いところは見せたくないと隠し続けた醜い感情。学生時代から抱え続けた、俺の大事な大事な〝初恋〟。――それらがやっと今日、八年の時を経て実を結んだ瞬間の……俺の歓びと言ったら。この感情を正しく形容できる言葉なんてないほどの歓びに、頭が蕩けてしまいそうなほどに打ち震えた。かわいい、かわいい、かわいい。そればかりで思考が埋め尽くされる。もっともっと、と焦ってはいけないことをわかっていながら……感情の制御が効かなくなるほどの熱情が身を焦がす。
ほかならぬ彼女自身の意志で、高校時代から学内で噂になるほどのアツアツカップルだった|夫《﹅》である後輩くんではなく。背信行為だとわかっていながら、自らの手で俺のモノを手に取り宛がって――自身のナカに受け容れてくれた。悲しみに涙して潤んだ瞳なんかじゃなく、もたらされる快感から潤んで蕩けた瞳で俺を映して。『千弘先輩』ではなく、『千弘さん』と甘く蕩けた声と表情で、何度も俺を呼んで求めてくれるそのサマと言ったら。
「ああ……ほんっとうに、かわいい……♡ もっと、もっと俺に溺れてほしい……♡ もっと俺だけを見て、名実ともに俺だけの|久遠ちゃん《モノ》にしたい……♡」
その昂った熱が鎮まるまで、初めて身体を重ねるというのに、歯止めが効かないほどの興奮から何度も何度も彼女を貪った。狂おしいほどに見たかった、俺だけに微笑む彼女の姿。快楽に溺れて、本能で俺を求める姿も、あられもない声を隠しもせず大音量で上げては、何度も名前を呼んで果てて――それでもなお俺を食い締めてくる、乱れた姿も。
嬌声の合間に俺の言葉に応じて、この行為のことを忘れないと言ってくれたことも。世界でいちばん彼女を愛しているのが、俺だというのを覚えていてくれると頷いてくれたことも。裏切られていた絶望や悲しみ、自分の行なっている浅ましくも恐ろしい裏切りである不貞への後悔や苦しみも含めたその他の全部の思考を捨てて、俺のことだけ考えてくれたことも……全部ぜーんぶ。あの時間のすべてが、俺にとっての宝物。俺が夢見た時間そのものだった。
「嬉しいなぁ、本当に……♡ キミとのえっち、ずっと忘れないって言ったけど……忘れられるはずがないよねぇ……♡」
――だって、これは他ならぬ俺の悲願へ向けた第一歩なのだから。「ふふ」と手の間から笑いが零れる。彼女の知らない、知らなくていい……どろどろとして醜く、胎の底に纏わりつくようなどす黒い感情。後から後から溢れて止まらない、八年間練り上げて凝り固まった、俺の劣情と欲望。
ピコンと軽快な音がポケットに入れたスマフォからして、手を外すと俺はそっとそれを引っ張り出した。通知欄に見える彼女の名前に、また自然と笑みが深まっていくのを感じる。
罪悪感からかぎこちない、『今日はありがとうございました。千弘さんのおかげで助かりました』という文字とお辞儀をするスタンプだけのシンプルな文面にぞくぞくと背筋を駆ける背徳を感じながら、彼女の家を辞すときに伝えたのと同じ言葉を……俺はもう一度なぞった。
『気にしないで、いつまでも俺が久遠ちゃんの力になるから。久遠ちゃんに呼ばれれば、いつだって駆けつけるよ♡』
送信してすぐについた既読通知に、蕩けて惚け切った彼女の表情と声音が……脳裏をよぎる。
『寂しくなったら、俺のこといつでも呼んで……?寂しくなくても……♡ これからもいっぱいしよう……♡』
『呼んだら、いつでも来てくれるの?寂しくなくても、千弘さんのこと呼んでいい……?……う、ん……これからも、いっぱいして……♡』
今日のじゃまだまだ足りない。俺の八年も募らせた想いはたった一度の行為だけじゃ伝えきれない。……嗚呼、可哀想な久遠ちゃん。これから俺の手で、あっという間に身体を作り替えられるなんてことも知らずに、下心しかない俺に心を許して、取り入られて『俺専用の久遠ちゃん』に塗り替えられちゃうなんて知らないままに、キミは快楽と背徳に溺れていくの。
「俺は|男優《プロ》だもん……♡ 技術もクソもない後輩くんなんかと違って、えっちのプロだから♡ キミのいいところも、これから感じられるようになるような微かな快感の種だろうと……ぜんぶ、手に取るように分かっちゃうのにね……♡」
大人しくて、控えめで。でも真っ直ぐ一生懸命で、ひたむきで明るい〝いい子〟のキミを深くて昏い穴の底で……雁字搦めにするために、今この瞬間の俺は生きてるんだから。
「……んっ♡ 思い出しただけで、また興奮してきちゃった……っ♡」
これまでは想像でしかなかった乱れる彼女の姿。今日からはもう、想像じゃない。表情を、声を、感触を……そのすべてを思い出すように目を閉じて、隠しきれないほどに昂った自身に手を伸ばす。
「久遠ちゃん……っ♡」
欲に溺れて、罪に塗れる俺に――もっと、もっと堕ちて来て。離れられないくらい、俺のこの裏切りを知っても――俺を、愛していると応えられるほど。どうしようもなく、俺に溺れて。キミの世界にいる男を、俺だけにしてほしい。

◇ ◆ ◇

燻って仕方のない熱を幾度となく発散して、すこしばかり落ち着いた頃、電話のコール音が鳴り響く。画面に表示される名前を見て、ちいさく笑いを零してから手に取った。
「もしもし、今日はありがとうね♡ おかげさまでバッチリあの子に目撃させられたよ♡」
電話口の声が、どうでしたかと尋ねてくる。この三年間、密に連絡を取り続けた俺の手の内でもある|共《﹅》|犯《﹅》|者《﹅》。
「ふふっ、それ聞いたら電話長くなっちゃうよ?裏切られて悲しんで絶望して泣いてる顔を見るのはちょっと心が痛んだけど、今さらだもんね♡ それにあの子って、そんな泣き顔まで可愛くって♡ ひとまず俺の提案には乗ってくれたから、ようやく第一歩……ってところかなぁ♡」
じゃあしばらくこちらから『旦那様』へのモーションも増やしましょうか、という提案の言葉にくすくす笑う。
「いいの?じゃあお願いしようかな♡ 相性良かった上に、思ったより|そ《﹅》|う《﹅》|い《﹅》|う《﹅》|コ《﹅》|ト《﹅》が好きな子だったみたいだから……ここからは俺の腕の見せどころ、だもんね♡ あ、そろそろ彼らに突きつけるための三年前からの素行調査資料、作成頼めるかな?近いうちに出番が来そうだから♡」
承知しましたと告げる電話の相手に、「今日は本当にありがとうね♡」と謝辞を告げて電話を切った。
ふんふふん、と気分の良さからつい鼻歌を口ずさんで、緩む頬もそのままに……そっと、机の引き出しから丁寧にファイリングされた資料を取り出す。ラベリングも何もされていない、無機質なファイル。慈しむようにその背を撫でて、ゆっくりと開く。高校を卒業してからの、彼女の動向がまとめられた一冊。
彼女の結婚式の招待状が俺のところに届いたとき、俺の中にあった善悪の均衡はふつりと音を立てて切れてしまった。なんで、彼より先に俺の方がキミのことを好きだったのに……結婚式で隣に立つのが、俺じゃないの。惨めで悔しくて、高校時代に目撃してしまった彼らのキスシーンがフラッシュバックする。あまりにも、鮮やかすぎる映像で。
……ねえ、久遠ちゃん。キミはずっと、俺がキミのことを好いていることに気付いていたでしょう。委員でもわざわざペアを組んで、少しでも長くキミといられることに固執して。そこまでしたのに、キミはたった一度ハプニングが起きたときに助けてくれたという理由だけで後輩くんのことを好きになって、たった一週間で学内でも知らない人がいないくらいのカップルになってしまった。
それでも俺と一緒にいるときのキミの態度は変わらなくて、〝誰かのものになってしまった〟実感が湧かなくて。ずうっとずうっと、淡い恋心を持ち続けたまま横恋慕を続ける。そんなある日に目にしてしまった、キミの愛しい人にしか見せない表情を思いがけず目にしたときの、俺の心に訪れた痛みを、苦しみを、今のキミなら理解してくれるかなぁ。
招待状の返送先の住所から、住まいを知って。名前と写真と住所があれば、簡単にその『依頼』はできた。
「……ああ、別れさせ屋さん?依頼したいことがあるんだけど……」
気付けば黒い衝動に突き動かされるまま、そんな電話をかけていた。特殊な仕事である以上、彼らは興信所のようなこともしてくれる。そこから三年もの月日をかけて、後輩くんにはハニートラップを仕組んで……言い逃れができないほど継続的な関係にさせて、彼女がその事実に気付いて思い悩んで、けれど誰にも相談できない状況を作り上げた。最初はなかなか食いついてくれなくて、キミが愛されていることを実感して安堵する気持ちと、相反してさっさと堕ちてしまってよと、昏い感情が毒を吐く。綯い交ぜになった感情で、ぐちゃぐちゃに壊れてしまいそうになるほどに。
同時にここしばらくは彼女の我慢が限界に来るまで、可能な限りエージェントには会う頻度をあげてもらった。何日も帰ってこない旦那、帰ってきてもずうっとずうっと朝帰りが続いて……暖かだったはずの家に、寂しくひとりきり。苦しいよね、辛いよね。でも俺が救ってあげるからね、と。毎日報告を聞いては、心の内でそう囁く。
同じだけの年数、丹念に調べ上げた彼女の行動パターンを利用して、昨日俺は偶然を装って八年ぶりの再会を果たした。彼女は本当に偶然だと信じて疑わなかったけれど、そうじゃない。イレギュラーの多い仕事もなるべく時間通りに片付けて、調整に調整を重ねた、俺にとっては念願の再会だった。
飲みに誘って、キミの好きそうな雰囲気のいいバーで、わざわざ強めの度数のお酒を『おすすめ』として挙げる。性格上、そうすればキミはおすすめされたお酒を頼むだろうということまで見越して。同時に頼む注文は、軽くてお酒の周りを阻害しすぎないものにした。
演じることは慣れたもののはずなのに、久々にキミに声をかけるときは震えたし、「結婚おめでとう」を声に乗せるときには抑えていた感情が溢れてしまいそうだった。
まだ俺がキミのことを好きだって気付いてもらえるように、あくまで『やさしくて気の利く先輩』の顔を保ったまま。……けれど、鬱屈としていたキミのお酒がハイペースで進むのは、気付いていても止めてあげない。彼女にとって俺が『ナシ』でないことを、雰囲気で誤魔化したあーんを受けてくれるかどうかで見定める。寂しさと人恋しさを誘発するために出られなかった結婚式の写真が見たいなぁ、と言うつもりでいた俺の目の前に置かれた携帯の待受が、ドレスを着た写真だったのを見たときは、あまりに出来すぎた出来事に、くらりと眩暈を覚えるほどで。天すらも俺に味方している、と嬉しくなった。
けれど同時に、当時の自分が危惧した通り……幸せそうに満面の笑みを浮かべるキミの表情に、胃の腑がずぐりと焼けるようにヒリついた。この表情を、俺以外の誰かの隣で浮かべないでと、心が叫ぶ。寂しげな横顔で酒を煽るキミを見ていると、ただの『やさしい先輩』でいようとした仮面が剥がれ落ちてしまいそうになる。酔いが回って赤く上気した頬も、とろんと落ちた瞼も。上がった体温で切なく吐かれる吐息も、なにもかも。このまま手篭めにしてしまいたい欲求を喉元で堪えて、動揺を見せないように細心の注意を払って声を絞り出した。
「いったいどれだけ飲んだの?呂律も怪しいし……もう飲むの禁止だからね」
「そんな酔ってないれす〜!え〜、千弘せんぱいもっと飲みましょ〜?」
「ダメったらダーメ。ほら、久遠ちゃんお水飲んで」
足元のおぼつかない彼女の腕を取り、歩けるかどうかをそっと顔を覗き込んで尋ねて。背に触れる体温とキミの重みに、胸が張り裂けそうになった。軽い、温かい。柔らかでキメの細かな肌に触れて、また燻る熱が身の内で焦れる。今日のために取った部屋にキミを連れ込んで、ベッドへ下ろした。苦しそうなのは、お酒が回っているから?それとも、誰にも言えない悩みを抱え続けることに疲れたから?
ふわふわと鈍くなった思考のキミに、ジャケットを脱ぐことを促して手を貸す間。真っ赤な顔でふう、と溢される吐息の熱さと酒と桃とキミの香りに、俺まで酔いそうになる。
「ねえ、久遠ちゃん……もしかして、身体疲れてる?」
そう聞いてマッサージと称して身体に触れた。上がった体温が、布越しにも手のひらへと伝わる。腰から肩まで満遍なく、次に足の爪先から徐々に上へと……意識せざるを得ない部位へ近付くように触れていく。やさしく、壊れモノを扱うように。俺の手の中で微かに身じろぎをして、時折ちいさく声を漏らすキミを見下ろしながら「毎日頑張ってえらい♡」と褒めては、キミにとっての俺が一緒にいて心地良い存在だと、意識へ刷り込む。身体の心配をして、あくまで下心がないことをアピールするためにお尻の下のギリギリ、足の付け根に触れる前に自ら際どいところであることに触れながら、身体のためだと言い聞かせた。
再会して数時間あまりで、こんな風に触れることを許してくれるほど俺のことを信用してくれているのなら、このまま俺のモノになっちゃえ……と、黒い願いを唱えながら。最後の仕上げに手を握る。俺が触れて、一番相手のことを理解できる箇所。恋人繋ぎの要領で触れたそこからは、身体の具合が良くわかる。これまでの呼吸と息の詰め方、身じろぎの間合いに声を溢す頻度――どれもが俺にとってはどこで感じられて、どの程度慣れていて、敏感なのかそうでないのか、そのすべてを推し量るための材料だった。
拒絶はない。少なくともキミにとって今の俺は『ナシ』じゃない。寂しくて鬱屈して愛されないと渇いた心に、長くキミを好いていた俺が今も向ける柔らかな好意は、身体と心に飢えを自覚させるに十分なそれだった。
そうして良い人を演じて眉を下げて、俺はこう口にする。
「久遠ちゃん、少しは反省してね。相手が俺だったからいいけど、こんなになるまで飲むなんて無防備すぎるよ?部屋に連れて来たのも俺だけど、うかつに部屋に入って……」
信用してくれたのは嬉しいよ、と心配を添えて。でも、俺だって男なんだからさと、燻る熱にスパイスをあげる。
そうして心にするりと滑り込んで、俺は信用できる人、やさしくて気の利く先輩、自分を真っ直ぐ見てくれる人のラベルを手に入れ、翌日浮気現場を押さえるための〝仕組まれた尾行〟に同行する権利を手に入れた。
そこからはとんとん拍子に進んだ。当然と言えば当然だ。後輩くんが裏切るのは最初からわかっていたし、裏切りを知って茫然自失としたあの子を言いくるめてしまうのも容易だった。抑えていた好意を顕著に示した上で、彼女の痛みに寄り添ってあげればいいだけだったから。
昨日の今日で身体を許してくれたあの子は、きっと明日も寂しさと飢えを満たすように俺に連絡をしてくるだろう。
「ひとりぼっちの暗い部屋は、寂しいもんね♡」
愛にも、満たされる行為にも飢えた身体に、何度も連続して絶頂する快楽を叩き込んだのだから。

◇ ◆ ◇

翌日、なかなか来ない連絡を焦ったく思いながらその日の仕事を終えると、帰りの移動車の中で通知音が鳴った。
『また今日も仕事が忙しくて帰れない、って』
そんな言葉が並んだメッセージ画面を、そっと撫でる。『寂しいの?』と問いかける返信を即座に返して、画面から目を上げた。
「チヒロさん、何かいいことでもあったんですか?」
運転席からちらりとミラー越しにこちらを一瞥した岡持っちゃんからかけられた言葉に、自分の口角が上向いていることを自覚させられる。
「ふふっ、ちょっと……ね♡」
「まあなんでもいいですけど……面倒事だけは御免ですからね」
「わかってるよ、だいじょーぶ♡」
なんたって俺自身、自分の中にこんな風に何かに執着する激情があったことに、驚いているくらいだもの。
『ひとりでいるの、寂しい』
そう返ってきた返信に、にこりと笑みを深めて。俺は岡持っちゃんに、そう応じた。

◇ ◆ ◇

「こんばんは、久遠ちゃん♡」
呼び鈴を鳴らしてそう声をかけると、ややあって扉が開かれ「どうぞ」と家の中に招かれる。
「ふふ、お邪魔しまぁす♡」
部屋でそっと俺を見上げてきた彼女は、どこか不安げに瞳を揺らしていた。
「……忙しいのに、ごめんなさい」
視線も合わせずにちいさな声でそう言われる。ああ、これは時間が経過してどんどん罪悪感が増してきたんだろうなと、彼女の顔を見下ろしてほんのわずかに眉を寄せる。そもそも彼女はいい子の部類の性格で、こういう時に容易に箍を外してしまえるタイプではない。だから時間が空けば空くほどに、良心の呵責に苛まれてしまうのだろう。もっともっと、頭のネジを馬鹿にしてしまわないと。
「もう、言ったでしょう?キミが呼ぶならいつだって駆けつけるよ、って。それに俺はこうして今日も会えて嬉しいよ♡」
俺のこと、頼ってもいい相手だと思って信頼してくれてるだけで嬉しいなぁとふわりと微笑んで言いながら、頭に手を置いた。おずおずとこちらを視線が見上げる。
「……それとも、久遠ちゃんは俺じゃ嫌だったかな?」
しょんぼりとした表情を浮かべてそう問い掛けておきながら、「そうだよね、本当は一緒にいてほしいのは旦那さんだよね」と心にもない言葉を吐いて目を伏せた。その言葉を耳にした瞬間、微かに息を吸い込む音が聞こえてくる。慌てた彼女の手が伸びてきて、はしと手を掴まれた。
「千弘さ……んっ!そ、ういう意味で言ったんじゃ……っ」
「……ほんと?それじゃあ久遠ちゃんは今、少しでも嬉しいと思ってくれてる……?」
じぃ、とまっすぐに目を見てそう聞けば、彼女はこくんとちいさく頷きを返してくれる。かわいい子。俺の掌中で転がされているとも知らずに、俺にしか頼れず……心を開けない。すり、と空いた手で彼女の頬をひち撫でして、掴まれたままの手を強く引くとその肢体を抱きしめた。ぐっと近付いた距離で、昨日のそれを想起させるような甘えた声音でそっと囁く。
「ねえ、久遠ちゃん。今の、ちゃんと言葉で聞きたい。……だめ、かな?」

◇ ◆ ◇

強い快楽には依存性がある。だから、これは麻薬と同じ。
「ふふっ、今日もいっぱい愛し合えて嬉しい……♡」
涙と涎でぐずぐずになった顔を晒して、身体を横たえすっかり惚けた彼女の髪を撫でる。散々された後で敏感になっている身体は、それだけでも微かに震えるほど。
「ごめんね、今日もキミに求めてもらえたのが嬉しくて……ちょっと無茶させすぎちゃった、よね?」
殊勝にそう聞けば、ゆるゆると視線がこちらに注がれた。
「……へーき、千弘さんがそれだけ私のこと好きでいてくれたって伝わるから……うれしい」
そっと伸びてきた手が、甘えるように数本だけ俺の指を掴む。きゅ、とすがるように握りしめられて、愛おしさで胸がいっぱいになった。
「久遠ちゃんを少しでも幸せにできてるなら、俺もすっごく幸せ♡」
そう言って頭を撫でれば、ふにゃりと蕩けた瞳が細められる。もっと、もっとずっと、俺のところまで堕ちてきて。
「これは意趣返しだもの。気に病むことはないんだよ、先に裏切ったのは旦那さんなんだから。今だってその前だって、俺たちがこうしてる間……旦那さんだって同じことしてるんだよ」
「ん……。でも、ね……不安なの」
揺れた瞳が、弱音を零す。俺に助けを求めて、後押しをしてもらいたいと期待の色が滲んだ瞳。舌舐めずりをしたいほど、早々に転げ落ちていってくれている彼女に、どんどん欲望が膨らんでいく。待ち侘びていたことを悟らせぬよう、細心の注意を払って顔と声をつくって――意外そうな様子を装いなにが、と問う。
「なにが不安なの、久遠ちゃん……?俺に教えて」
力になるよ、キミの力になりたいの。身を寄せて囁いて、その間も視線は少しも離さない。
「あの、ね……このままじゃ、千弘さんのことほんとに……すきに、なっちゃいそうで」
嗚呼ほら、もう一歩。坂道を転げてくれた。くつりとバレないように喉奥だけで笑みを吐いて、一層満たされていく想いを自覚しながら、俺は微笑む。
「……だめなの?久遠ちゃんのこと裏切っちゃう旦那さんのことなんか忘れちゃえばいいよ。ずうっとキミを好きでいた俺のこと、このまま好きになってくれたら俺はすっごく、すーっごく幸せだなぁ……♡」
今は身体だけの関係だっていいから、久遠ちゃんに必要とされて頼ってもらえて途方もなく嬉しくて、キミが望むなら望むだけ、俺がぜんぶ満たしてあげたい。
嘘を重ねた俺だけど――この言葉だって、まるきりの嘘ではない。

◇ ◆ ◇

そんな言葉から数日、彼女の身体はすっかり快楽で染められて、素直に俺を求めるようになった。……ううん、正しく言うなら『生半可な刺激でイけないように』俺が身体に学習させて倫理観の箍を壊した。キミの世界を俺だけにするために。
そこからは、元々素養の強かった彼女の身体をどんどんと開発していく。色んなえっちで気持ちいいことをして、俺だけはそれを受け容れられる、俺だけがキミをめちゃくちゃにできるとより強い依存状態へ陥れる。
……最初に後輩くんの浮気を知って、身体を重ねてから数週間。やさしくじわじわ蝕んでいく毒のような快楽にすっかり溺れたかわいい彼女は、毎日俺を呼んでは快楽を強請っている。
キスをすればすっかり自分から舌を絡めてもっともっとと強請るようになったし、ただそれだけでとろとろに蕩けたカオをしてくれるようになった。
「……そんなに俺とのえっちを好きになってくれたの?」
毎日来てくれて嬉しいと言いながら、今日も積極的に俺を求めてくれる愛しい愛しい想い人に「俺も久遠ちゃんと毎日会えて嬉しいよ♡」と応じて、意地悪くそんな問いを投げた。
「うん……千弘さんとのえっち、だぁいすきになっちゃった……♡」
情欲に塗れた瞳で俺を見上げて、久遠ちゃんが微笑う。その顔からはもう、大人しく控えめでいい子ちゃんだった片鱗はすっかり消し飛んでいた。俺の前でだけ、晒される彼女の表情。
「俺とのえっちの虜になっちゃったんだぁ♡ 今日も色んな気持ちいいことして楽しもうね……♡」
「ン、いっぱい楽しも……♡」
腰を抱いて深くキスを交わしながら、そんな会話をする。すっかり乗り気の彼女も、俺にしなだれかかるように身体を預け首に腕を回して舌を食む。
互いの吐息とリップ音の合間、微かにガチャンと戸の開閉音がして心が踊った。
……もうすぐだ、もうすぐ。もうすぐ久遠ちゃんに選んでもらえるかどうかが決まる。いつの日の情事からか、俺の名を呼ぶことも好きと言うことも躊躇わなくなった彼女はきっと、俺を選んでくれるから。勝ち誇るな、格好悪いところは見せず、男に対する蔑視は別として、あくまで彼女の気持ちに寄り添えと己に言い聞かせる。
微かな物音がして、扉が開いた。
「……なにしてんだ!それに、誰だその男っ!」
後輩くんの目が驚きに見開かれて、大声が響く。びくりと身体を震わせた彼女の背を、安心させるようにやさしく撫でる。
「ナニって……見てわからない?」
そう言いつつ、わざと音を立ててその男を睨め付けるように久遠ちゃんにキスを落とす。
「こういうことしてたの。それに、先輩に向かってその言い草はないと思うなぁ……後輩くん」
じとり、と。最大限の侮蔑を込めた視線を投げ、嘲弄しながらゆっくりとそう告げた。
「ッ……!おまえっ……!」
激昂した男が拳を振り上げた瞬間、「やめて!」と声を上げ眼前に彼女が立ち塞がる。それを見とめた瞬間に、胎の底から湧き上がる感情。ああほら、きっと彼女は俺を選んでくれる。そう思ったら、あとはするすると言葉が出てきた。久遠ちゃんの浮気を糾弾する言葉に、自分でも思った以上の冷たい声が響く。
「キミがそれを言う資格、ないでしょ?」
そう言ってあらかじめ用意していた、浮気の証拠の写真を彼の足元に向けてばら撒いた。ホテルへ入っていく仲睦まじい姿、入り口前で抱き合いキスを交わす姿。それらが写った、数週間前に彼女と押さえた浮気現場の写真。……そして、作成させた三年前からの浮気を裏付ける調査資料。
全部を突きつけて、「出来心で……」と言い淀む男に向けて、言い逃れができないことをもう一度言葉にする。
「三年が出来心なわけないじゃん。この期に及んでまだ久遠ちゃんの心が自分にあるって思ってるんだね。……でも……、久遠ちゃんはどうしたい?この男とやり直す……?それとも俺を選んでくれる……?」
静かに静かに、最後だけは身を寄せた彼女の顔を見つめて――甘えるように問い掛けた。

「……私は、私のことだけ……ずうっと見てくれてた千弘先輩がいい、千弘さんと一緒にいたい」

意志の強い声が、かつては愛した男を否定して……俺の名を呼ぶ。きっぱりとした断言、その男に注がれた視線はもう涙に濡れたそれではなく。はっきりとした拒絶を示すものだった。
「久遠ちゃんにずっと選ばれたかったんだ♡」
歓喜を隠さず、鼻先をすり寄せてそう囁く。彼女は俺を選んだのだから、金輪際キミは久遠ちゃんに近付かないでと言い含めて、〝ふたりの家〟だったはずの場所から彼を追い出す。
「離婚については、後々話し合いで円満に解決しようね」
じゃあばいばい、と。動揺する男の眼前で、扉を閉ざした。意思表示のようにガチャンとひと際大きく鍵をかける音が響いて、静寂が部屋を包む。
これでいい。このまま何事もなく調停を終えて、彼女を完全に俺の手中に収めるまで……あと少し。
「これでもう俺たちは何の隔たりもなくずっと一緒に居られるんだね……♡ これからも……どんなときも一緒だよ♡」
千弘さんと俺の名を呼ぶ久遠ちゃんを掻き抱いて、そう告げてそっと廊下を進む。証拠写真をばら撒いたままの彼らの寝室で、俺たちはまた貪るようにして互いを求め合った。
俺も彼女も、もう壊れてしまっているのだろう。どこか冷静な頭の片隅で、そんな風に俯瞰しながら……壊れた者同士、隙間を埋めるように身を寄せる。このまま一緒に壊れていてねと、呪いのような愛を胸中で唱えつつ同じ数だけの「愛してる」を声にして。

◇ ◆ ◇

「ほぉら、目ぇ逸らしてないでちゃんと見て?」
離婚調停を終え、久遠ちゃんと結婚式を挙げて……初夜に彼女を騙していた事実が露呈して早数週間。
今日も俺は愛する奥さんを抱きながら「夫婦で隠し事は良くないもんね?」と、ぐずぐずの彼女の身体を後ろから抱え起こして、画面に映した調査資料の一部を見せていく。
どれだけ俺の執着と愛が深いのか、俺がキミに何をしたのか、決して忘れられないように。
荒い呼吸と嬌声の合間にぽやぽやとすっかり溶けた思考で、彼女はか細く返事をする。
「……っ、は……はひ、ちひろさ……♡」
「んー、お返事できたのは偉いし……俺を見つめてくれるのは嬉しいけど……今は俺じゃなくて、ちゃあんと画面見て?ほらほら、この時の久遠ちゃんよく撮れてると思わない?」
ごりゅごりゅと、挿れたままの自身で奥を刺激しながらそう笑みを乗せた声でそう言えば、腕の中でガクガクと彼女の身体が震える。「ぁぁ゛……♡♡」と掠れた声を上げる声を傍で聞きながらぎゅうぎゅうと収縮を繰り返す肉の動きを感じて、俺も熱い息を吐き出す。
「ふふ、またイっちゃったの?どんどん俺のおちんぽ好きになっていくね、久遠ちゃんかわいい……♡ でも自分だけ気持ちよくなるのはだーめ、ほら腰あげて♡ この写真で終わりなんだから……今日の分の資料見終わったら、俺と一緒にいーっぱい気持ちよくなろうね♡」
噛み付くようにして耳を食みながら言い聞かせると、彼女は無言で首を縦に振った。その間も甘イキを繰り返して震えるナカの動きは止まらない。
元々初夜の頃にはとうに俺の手で作り替えられていた身体は、この数週間でさらに性感帯の開発を進められ、俺が触れて感じられない場所の方が少なくなってしまっている。もちろん、久遠ちゃんをもう二度と手放す気のない俺は、それを彼女に自覚させるべく普通なら開発してしまうと日常生活にすら支障が出る場所もぜんぶ、開発を続けた。
……だって、これも彼女の選んだ結末だ。
愛したはずの|元《﹅》旦那を捨てて、俺を選んで。初夜に実はキミをこうして隅々まで俺のモノにしてしまいたいと仕組んで嵌めたのだと聞いても、自分の選択を『後悔してない』と語ったのだから。
「そうそう、ちゃんと顔あげて見られて偉いね♡ ほら、ね?すっごくよく撮れてるでしょ、この日の写真♡ まあ、直接この目で見る姿が一番なんだけどね♡」
この日のお出かけでアイツとも行った場所、今度俺と一緒に行こうね♡と語りかけ、握っていた手を滑らせるように組み替えると、左手だけ指を絡めて繋ぎ直す。するり、と互いの薬指に嵌められた指輪を触れ合わせるように指をすり合わせると、「ン……」と彼女の口からちいさく声が漏れた。日ごとに募っていく愛しさに、まだまだ際限なくキミが欲しくなっていく。
「……ね、久遠ちゃんこっち向いて?キスしたくなっちゃった♡」
そう言えば、翡翠の瞳は素直にこちらを見上げる。涙を浮かべ上気した頬、嬉しそうに細められた顔が寄せられ、柔らかな唇が触れた。すっかり熱くなった舌が唇を割って、腔内に侵入する。時折荒い吐息を吐きつつも、歯列を撫で貪欲に貪っていく。絡められた舌を吸って、合間に唾液を送ればすっかり覚えた彼女はおとなしくそれを嚥下した。酸素を求めてわずかに離れた瞬間、次は俺が口内を犯す番。上顎を撫で、舌の裏の神経にまで這わせていく。ぶる、とちいさく震える振動と先より熱く蕩けた口内の温度が、彼女がまた軽く果てたことを如実に伝えていた。
「ぁ♡ っ、ふ……♡」
喘鳴のような吐息を漏らし涎を飲み込む余力もなく、明滅する思考と襲う快感の波を逃す術も持てず……俺が言うまま腰を上げていた彼女の肢体から、くたりと力が抜ける。そのまま予想通り自分の身体を支えきれずに腰が落ちると、彼女の膣奥がごちゅんっと派手な音を立てた。
「……〰〰〰〰、ァ♡゛」
彼女が息を詰める音とともに、ぱたぱたと愛液がシーツに飛び散る。ばちばちと爆ぜる快感に背を反らして、ナカの圧が一層増した。食い締められるその圧と、ひくひくと痙攣を繰り返す腹部の動きに、俺も思わず声を漏らす。
「っ、ん……♡ もう、ひとりで気持ちよくなっちゃダメってさっき言ったよ?俺」
「……ッ、♡゛♡♡ ち、ひろさ……っ……ごえ、んなしゃ……♡♡♡」
ぐすぐすと鼻を鳴らし、すっかり呂律の回らなくなった彼女が必死にそう謝る。
「今日は悪い子だね?全然言うこと聞けないんだもん。今のだってイくなら顔が見たかったなぁ……」
拗ねた口調で言いながら頬を擦り寄せると、整わない呼吸で必死に息を吸って、彼女が「ひぅ」と怯えた鳴き声を上げる。
「抜かずにそのまま俺の方向いて、勝手に深イキしてきもちよぉくなっちゃった久遠ちゃんのぐずぐずになったお顔見せて?」
「ぇ、ぁ……♡ は、はぃ……♡」
腕を引いて起こしていた身体を解放してやれば、がくがくと震えた膝を叱咤して、彼女はゆるゆるとこちらを向く。涙も、汗も、涎も拭えないまま強すぎる快感に苛まれて、どろどろに蕩けて焦点の定まりきらない視線がぼんやりと俺を見上げた。
「あは、かぁわいー♡ 誰にも見せられない顔、俺だけに見せてくれてほんっとに嬉しい♡」
ちいさく微笑んでちゅ、と額に口付けを落とす。幾分か彼女の呼吸が整うのを待つ間、とんとんと背を撫でてやる。俺の手に誘われるようにして、預けられた身体は体温が上がりきってすっかり火照っていた。白い肌に朱が透けるのではなく、真っ赤に染まってしまっている。
「身体、ちょっと落ち着いたみたいだね。それじゃ、今日も頑張って最後まで俺に付き合って♡ 落ちちゃヤだからね?」
笑ってそう言ってから腰を引くと、「ぁ、ァ……っ♡」と上擦った声を上げた彼女が慌てて俺の首に腕を回してしがみつく。これから何をされるのか、すっかり覚えさせられた身体は否応なしに期待するし、焦点すら合わない瞳も同じ色に濡れている。
「ふふっ、期待してくれてるんだぁ♡ じゃあ、久遠ちゃんの期待には応えなきゃ……だよね♡」
遠慮せずにぜーんぶ受け取って、と言いながら無遠慮に昂りで最奥を穿つ。ずちゅんッ、とひと際大きな音がして「あ゛ッ♡♡」と声を漏らした彼女が崩れ落ちかける。腰を掴んで身体を抑えると、「ひぅぅ゛……」とベソをかいたような愚図った声がした。
「ぁぅ゛♡……ッ、ァ゛……♡千弘しゃ、そえ……き、もちぃ♡♡」
「ふふ、素直ないい子♡ ……ね、教えて。俺のしたことは覚えてるよね?恨んでる?」
配慮なんて欠片もない、ただ一方的に蹂躙して暴くだけの抽挿を繰り返す。彼女が果てようが果てまいがお構いなし。彼女は俺の欲をひたすら子宮にガンガン叩き込まれて、逃げることもできずに目の前を飛び散る星をそのままに縋って耐えるしかない。宣言通り、この問答が終わるまでに意識をトバそうものなら、もっとひどいことになるのを知っているから。
「ッふ、ぅ゛♡ひぉ゛♡゛へぁ、ア゛〰〰〰〰……♡♡ お、覚えて……るッ♡ ふ、〜ッ♡忘れられる、ワケにゃ……いっ♡ ァ、ん゛っ♡ 一生、恨むよ……っちひろさ、がシた……こと」
「いいよ、覚えてて。忘れずに一生恨んでね……♡」
ただの〝先輩〟として忘れられてしまうより、憎悪だろうと覚えていてくれる方がよっぽど嬉しい。はくはくと酸素を求めて喘ぐ彼女に、キスを降らせる。触れるだけのそれじゃ我慢できない。……もっと、隅々まで全部、キミがほしい。
「……キミを気持ちよくしてるのは誰?久遠ちゃんが愛してるのは誰かな?ほら、言って♡ ちゃあんと言葉で教えて♡」
ばちゅばちゅと肉のぶつかる音を立てて、うっそりと恍惚に蕩けた顔を見下ろしながら責め立てる。彼女の嬌声はもう、BGMと同様にひっきりなしに口から零れ落ちていた。
「ち、ひろさ……♡ ア゛♡ ぁ、愛……してるのも、きもちくして……っ、くれてるのも、ぜんぶッ♡ ん゛♡゛ 千弘さ……ん、ひとり……だけ……♡」
「あは、嬉しい……♡ そう、俺だよね。他の誰でもない、俺だけ……♡ 久遠ちゃんはもう、俺なしじゃダメになっちゃったもんね?」
「〰〰〰……ッ♡゛♡゛♡゛ ぅ、ん……も、千弘さん……ナシじゃ、だめっ♡♡ ダメに、なっちゃったぁ♡」
ひぅひぅと肩で息をしながらも、必死で俺の目を見てそう返事をしてくれる彼女が、狂おしいほどに愛おしい。
「素直ないい子♡ ね、そろそろ一緒にイこっか……♡」
そう言えば、返事より先にぎゅうと首に回された腕に込められた力が強くなった。より強く密着する肌から、上がりきった心拍も興奮で熱く火照った体温も、僅かな身体の震えのひとつすらも余さずに伝わる。
「……ン、ちひろさ……いっしょに、イこっ……♡」
〝最高の快感〟を求めてどろどろになった顔で、俺の大好きな奥さんはそう返事をした。その言葉に微笑みを返す。
「うん、ふたりで一緒♡」
どちらからともなく顔を寄せ、キスを交わして……高みに昇りつめていく快感の波を追う。呼吸の合間に〝だいすき〟と〝愛してる〟を囁いて、互いの名前を何度も呼んでは身体に触れる手に込める力を強くして。
――そうして、俺たちはふたり同時に果てた。

喘鳴を漏らし、俺の身体にその細くて手折れそうな肢体を預けて頭をふわふわさせる花嫁に、心が満たされていくのを感じる。
「今日もいーっぱい、俺しか見られない久遠ちゃんを見せてくれてありがと♡」
なでなでと頭を撫でてやれば、その手の動きに彼女は嬉しそうに目を細めた。すりすりと、自ら俺の手に頭を擦り付けるように擦り寄ってくれる。
「……ふふ、ねえ……久遠ちゃん?いつか恨んでる俺に、許せない俺に……同じように騙してハメたりしてやりたい?」
はらはらと流れる涙に舌を這わせながら、そんな意地の悪い質問を投げかけた。ややあって、彼女はまだ痙攣と収縮の終わりきらない身体を叱咤して、喘ぎすぎて掠れた声で返事をする。
「……しないよ、恨んでるし一生許せないと思うけど……そんなことがしたいわけじゃない、もん……」
ふるりと首を横に振った久遠ちゃんは、考えを必死に言葉にして伝えてくれた。まっすぐに、自分の言葉で。
「……そもそも千弘さん、罠に嵌めようにも私以外の人に興味ない……でしょ」
「あはは、うん正解♡ 俺が興味あるのは〝俺だけの〟久遠ちゃんだけだもの……♡」
する、と彼女の顎を撫でて上向かせる。そこにあるのは諦観でも憎悪でもない、きちんと俺に向けられた感情。
「仕事で誰を抱いたって構わない。千弘さんが本当の意味で好きでいてくれるのは、私だってよく知ってるから。……そう、考えたらね。ここまでして私のことが欲しかった千弘さん、す〰っごく……かわいい♡」
そう言って、彼女は笑う。満足げに、愛しさでいっぱいの視線を俺に注いで。蠱惑的なほどの笑みで、ふわり……と。俺の与えるそれらを噛み締めて。後戻りができないほど、壊れてしまった自覚を持ちながらなお、俺にだけ微笑んでくれる。
やっと、ここまで堕ちてきてくれた。ようやく本当の意味で手に入れたキミのことを、これからもずっと……ずうっと。
「一生変わらずにこうして愛してあげるから、死ぬまでずうっと……一緒に居ようね♡」