慶くんHBD小噺

2023/03/06


少し前までは、毎週末通っていた見慣れた部屋。今ではほとんど毎日通い詰めている部屋で、のんびりと彼女と休日を過ごすためにテレビをつける。
ワイドショーなんかでやってるちいさな物事でも、彼女と話題にするのはなんだか楽しくて……ついつい、いつの間にかそれが習慣づいてしまった。
「……あ、そっか。もうすぐひな祭りなんだ。……けーくん、元気かなぁ~」
壁に掛けられたカレンダーと、そんな話題を今まさに放送中の番組。交互に目をやって、ぽつりと呟く。
「ケイさんがどうかしましたか、千弘さん?」
ひょこりと横から顔を出した彼女の問いかけに、「そっか久遠ちゃんは知らないんだっけ?」と返事を返す。小首を傾げながらこちらを見やり、身支度を終えて隣に腰を下ろす彼女を向き直ると、えっとねと言葉を続けた。
「けーくんね、ひな祭りの日がお誕生日なんだ。うちの店舗デリバリー形式だし、基本キャストの誕生日も特にイベントやったりするわけじゃないから……久遠ちゃんも知らなかったよね?」
「そうだったんですね、全然知りませんでした……。店舗にも結局あの日限りしか行けませんでしたし……うーん、でもお礼も兼ねてお祝いはしたいですね……」
彼女はずっと俺指名だったし、けーくんの誕生日を知らなくても無理はない。俺たちの仲を取り持ってくれたけーくんは、ほぼ同時期にずっと慕っていた常連のおねーさんと晴れて付き合うことになって、店を辞めていた。そのせいで俺も、けーくんとはそれ以来あまり会えていない。
「俺もお礼にご飯奢ってあげよー、って言ってたのも果たせてないんだよねぇ……。んー、でも誕生日当日は彼女さんのために開けときたいだろうしなぁ~……」
「ケイさんも辞めちゃって、あの時期お店もバタバタでしたもんね……。千弘さん、ケイさんと連絡はときどき取ってるんでしたっけ?」
テーブルの上に置かれたティーカップに手を伸ばしながら、彼女がそう尋ねる。俺は頷いて「うん」と応じながら、バツの悪い表情を浮かべた。
「……ホントにときどき、だけどね。お店では仲良かったけど、お互いプライベートの話とかあんまりしなかったし……」
お客さんのこととか、ちょっとした世間話なんかは良くしてたんだけどね、と言うと久遠ちゃんは「なるほど」とちいさく頷く。一応、あのお店での二大人気キャストとしてけーくんと絡むことは多かったけれど、わざわざ「どうしてこんなところで働いているのか」などの類いの話は、店の中では暗黙の了解的にタブー扱いになってしまっている。俺のように〝やりたくてやってる〟タイプなら別に忌憚はないのだろうけど、みんながみんなそうではないのだから――わざわざそこに突っ込む必要もない、というワケだ。
「今のけーくんからの連絡、ほとんどお勉強関係とかだからなぁ。俺がお店続けてるのは知ってるから、ときどき近くに寄ったときに顔出してくれたりしてるけど……なかなか、ね」
会えれば一番なのだが、俺の方も店にずっと詰めてるわけではない。なにより一番のお得意様だった彼女が恋人になった今、素直に店長に報告した結果「今のちーちゃんならやらないとは思うけど、お客として呼んじゃダメよ」とキツ~く釘を刺されてしまったので|あちこち移動《デリバリー》で、俺も忙しい日が続いていた。
「たしかケイさんの彼女さんって、私と同じくらいの年齢……なんですよね?」
しばらく考え込んでいた彼女が不意にそう口を開いて、藪から棒にそんなことを聞く。ぱちぱち、と数度瞬きを繰り返してから俺は「うん」とその質問に応じた。
「……で、確かほとんど毎日ケイさんのこと呼ばれてたんですっけ?」
「あはは、久遠ちゃんよく覚えてるねぇ。そーそ、店長曰くけーくんの彼女さんが〝いつものカノジョ〟でキミが〝週末のカノジョ〟だって♡」
「……な、なんかお店でのあだ名を聞いちゃうと、ちょっと居心地が悪いですけど……っ!うーん……多分彼女さんも、私と同じ理由で指名してたんでしょうし……」
サッと顔を赤らめながらも真剣に眉を寄せ、彼女は神妙に呟く。
「ん……そうだろうね、きっと。久遠ちゃんは〝週明けからのお仕事を頑張るため〟に週末に俺に癒しを求めたけど、彼女は〝明日の仕事を頑張るため〟にけーくんに毎日癒しを求めてたんだろうと思うよ」
あの頃の俺とけーくんは、店の規約も緩かったから……それなりに自由にやっていた。というより、俺もけーくんも指名客のほとんどが『|本番行為《そういうこと》』を求める人たちだったと言っていいはずだ。店長にもこっぴどく叱られ、いい歳をしてふたり揃ってお尻を叩かれたことも――……まだ、記憶に新しい。いくら自分のお気に入りのスタッフでも、今後はそういうことをしたら許さないからと店長に宣言されて、俺たちは接客姿勢を強制的に改めることになった。その件以降、俺は一時的にほとんどの指名客を失ったし……けーくんも詳しくは聞かなかったけれど、それなりに変化があったと思う。
俺はこの仕事をやりたくてやってるタイプだったこともあって、どうしてもお客さんにもそういったことを求めてくる人が多かったし、なにより俺自身もお客さんの求めには応えたい気持ちが強かった。そうすることでお客さんが喜んでくれるなら、なるべく応じてあげたいと思っていた。それで、自分の中の何かがすり減っていくことがあるなんて……考えもしなかった。一気に指名のお客さんが減って、暇な日を過ごす。あんなに忙しかったのが嘘みたいに、誰からも指名がかからない。求めに応じて、彼女たちの癒しになればいいと、本当に純粋にそう思っていただけだったのに。俺の価値はそこにしかなかったのかな……と、じわじわと削られていく。店長が俺たちにああして注意してくれたのは、自分を安売りするなと言う意味だったんだろうとそこで初めて気が付いた。多分、けーくんの方も彼女が初めて指名をくれて来店したのは、久遠ちゃんが俺を指名してくれたのと同じく……そういう変化があった頃なんだろう。
「……けーくんもきっと、俺と同じで彼女の存在に救われたんだろうね」
翌日に新しい宣材写真の撮影を控えたその日も、けーくんは「明日おねーサンがお店に来てくれるんだって♡」とはしゃいでいたのを思い出す。彼女は売上トップのけーくんのお客さんの中でも一番の太客のVIP会員だったし、俺の一番の上客は久遠ちゃんだったから……お互い、よく話題に上ったしおおよその人となりは聞いている。俺がそのおねーさんに会ったのはチェキを撮りに来た日一度きりだ。
「千弘さん、彼女さんに一度お店で会われてるんですよね?どんな感じの方だったか詳しく聞きたいので、思い出してくれたら嬉しいんですけど……!」
「え?うん、この子がけーくんのお気に入りのお客さんなんだ~♡って思ったから、ある程度は覚えてるけど……」
「あとできたら、ケイさんとこんな話で盛り上がった……みたいなことないですか?お店関連のことなら何でもいいので……話せる範囲で……!」
「……うーん、なんかプレゼントの参考になりそうな話あったっけなぁ……」
あまりの熱心さに、やや面食らいながら必死に会話を思い出す。ほとんどお互いの現恋人である彼女の、こういうところがかわいいだとかを話していたような記憶ばかりで……彼女に話せそうな内容ってあったかなぁと思いながら、けーくんとのメッセージのやりとりを見返してみた。少し遡ったところで、お店の制服でもあるカウボーイ服の返却についての話をしているのが目に入る。
「……あ!思い出した!キミとおんなじで、そのおねーさんも確かうちのお店の制服すーっごく気に入ってるみたい♡ あとそうだ、けーくんとアメリカ行ってみたいよね~って盛り上がったこともあるよ♡」
なんたって俺今、向こうに別荘買うっておっきな夢のために頑張ってるんだもんね~♡と言ってみせると、彼女は途端に何かひらめいたような顔をした。思慮深いわりにどこか猪突猛進で、ほんわかとして見えて意志が強い――……その瞳が、楽しそうに輝く。
「千弘さん、それですそれ!私はケイさんへのお礼の品、見繕うので……千弘さんは誕生日前後の日程でケイさんをご飯に誘ってお祝いとお礼してあげてください!」

◇ ◆ ◇

「へ~、それでこれ久遠さんから彼女にって?あはは、もー別に気にしなくていいのに律儀だなぁ~」
軽快に笑って、けーくんは「相変わらずちーくんとこも仲良さそうだね」と楽しげだ。けーくんも元気そうでよかった、と応じると「ありがとね、俺もおねーサンも元気だよ♡」とにこりと人好きのする笑みが向けられる。いつも彼女のことを語るときに見せていた、愛おしげで心が弾んで仕方ないという
「うん、俺がけーくんにお礼とお祝いを兼ねてご飯奢るから、自分はおねーサン宛に……って張り切っちゃって♡」
「俺の誕生日なのにおねーサン宛のプレゼントとか……なんだろ?」
がさがさと袋を手にしながらけーくんは興味深げに首を傾げた。そんなけーくんを見ながら、根掘り葉掘りと聞かれたことを思い出して苦笑いを浮かべて歯切れ悪く答える。
「んー……彼女の身長とかいろいろ聞かれたから、俺なーんとなく予想ついちゃってるんだよねぇ……」
「えー、ちーくんがそう言うってことはお洋服系だよね……?んー、俺にもわかるやつ?」
「あはは、聞いたら絶対けーくんも分かるよ♡ 俺たち全員出逢いの場と、前も話したけどほら……彼女たちふたりともあのお店のなにが気に入ってたでしょーか」
「えーなにそれ、ちーくん大ヒントじゃん。俺たち専用衣装でしょー?休憩時間に盛り上がったことあったもんね」
くすくすとちいさく身体を揺らして笑うけーくんが、そこまで言ってから「ああなるほど、でもって久遠さんがちーくんに聞いたのはおねーサンのことだもんね?」といたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「あは、俺も正解分かっちゃったかも♡ ……ねーね、ちーくんこれ今ここで開けてみてもいい?」
「けーくんが大丈夫なら俺はへーきだよ、どーぞ♡」
「ありがと♡」
袋を開けたけーくんの手の上に、見慣れた装束にとてもよく似通った服が現れる。――やや露出多めの、ウエスタン衣装。
「わっ、ほんとに俺たちの衣装にそっくりじゃん♡ へー、これおねーサン着たら似合うだろうなぁ……♡」
「多分彼女さんもサイズ合うと思うんだけど、ダメそうだったら遠慮なく言ってね」
「ちーくんも久遠さんも、ありがとね♡ じゃ、今日は俺も久々にあのコスチューム出しちゃお~っと♡」
以前の会話で、彼女たちふたりともこの衣装が大好きで……けーくんがお揃いで着てみたいなぁと話していたことを思い出したのだ。ふふーんと満足げなけーくんの口角は上がりっぱなしで、本当に楽しそうだった。
「ふふっ……ほんとにこれ着てアメリカ行く機会、頑張ってつくんなきゃね……お互い♡」
そう言ってみせると、けーくんは力強く頷く。
「ちーくんこそ!お互い、夢叶えたらちゃんと報告しあおーね♡」
これからもまたちょこちょこ会えたらいいねと、新しい約束を交わして。俺たちは笑顔で顔を見合わせた。