魔法にかけられて

2024/11/28


「ははっ、すっごい緩んだ顔で寝てんなー……ミユちゃん」
ついさっきまでは眠たげながらに一生懸命相槌を打っていた声が聞こえなくなって、ふと視線を下げると彼女はすっかり夢の中だった。すよすよと規則的な寝息を立てながら、緩んだ口元はむにゃむにゃと時折言葉になりきらない声を発して形を変える。
手を伸ばして、乱れて食んでしまいそうな髪を指先で摘まんで除ける。その動作の合間に思わず頬を撫でると、ミユちゃんは「うぅん」とちいさな声を上げて反応した。起こしてしまっただろうかと、僅かに息を詰めて身を固くしたものの……またすぐにミユちゃんはむにゃむにゃと夢の中で何事かを話し出した。それを見てふぅと詰めていた息を吐き出した。
「……あんだけはしゃいでたのに、夢の中でもまだプラニー回ってんのかな?かわいーなほんと。……夢の中でなにしてるんだろうな、俺たち。アトラクション乗ってんのかな?それともグリーティング?ミユちゃんのことだから、また俺にパレード見せたい!って思ってくれてんのもありそうだし……」
昼間のプラニーで頑としてでも荷物を持つことを譲らず、「これでも荷物減らしたんだよ!」となぜか誇らしげに胸を張って宣言していた彼女の言動を思い出して、ついくすくすと小さく笑みが零れる。あんな風に全力で誰かを、何かに熱中させる魅力があるというのはそれだけですげぇことだと思う。きらきらしたまっすぐな目で語られると、こんな風に夢中にさせるのはどんなものなんだろうと純粋に興味をそそられるし、同じ熱量とはいかなくても少しでも分かち合えたらいいなぁ……なんて思いもする。自分の好きなものを隠さず見せてくれようとするミユちゃんの想いは、なんとなく察しているつもりだ。
――それに、なによりも。そのまっすぐな目で見て、純粋で無垢で……ともすればお人好しがすぎるほど素直な彼女が。そんな風に入れあげるものを体感する、その瞬間その隣に俺にいてほしいと想ってくれたその事実に無性に胸の奥底がくすぐったい気持ちになるのだ。
「……そんな風に想わせてくれるの、ミユちゃんだけなんだぞ?」
自信がない、なんて落ち込むこともある彼女の不安に、正しく寄り添えてるかは正直わからない。でも、その分こうして恋しく思っている気持ちが伝わっていたらいいなと思う。彼女はあまりにも、一挙手一投足で好きだと伝えてくれるから。拙くてもいい、すぐには伝わらない不器用な伝え方かもしれねぇけど……まっすぐに俺を見てくれる、ミユちゃんにならきっと伝わるだろうと思えるから。
「こんな風に、胸の奥が燻ぶられるような想いを感じるの……あんたのことだけでなんだからな?」
すりすりと何度もその肌を撫で、目を細めて見つめながらそうちいさく独り言ちる。じわじわと気恥ずかしさから頬が、耳が、熱い気がするのからは目を逸らして。
彼女といると、いい大人でいてやりたいのに自分の中の子どものまま……幼い感情や欲求が、つい顔を出しそうになる。それを彼女は嫌がらず、むしろいいことだよと喜んで破顔してくれるけど。今までそうして取り繕ってきた〝朱防柚琉〟の仮面が全部剝がれてしまったら――そう考えたら、恐怖心もあるのは否定しようのない事実だった。
「……それでもミユちゃんは、今と変わらずキラキラした目で俺を見て……迷ったりせず、それが普通だってカオして隣に居てくれるんだろうな」
こんなにも、『俺』という人間を一人の人間としてただありのまままっすぐ見つめて愛してくれる人だから。愛されてる、なんて自信だけは強くなってしまった。
「ああもう、本当に。ミユちゃんのせいなんだからな?分かってんのかー……?」
起こしたくなくて、ずっとやんわりと肌に髪に触れるだけでいたけれど。うまく言葉にできない感情が胸いっぱいになって、そんな風に溢してぎゅうと抱き込めるように恋人の身体を掻き抱く。ふわりと漂ってきた、嗅ぎ慣れた彼女の香りがして……ああ、ここが俺の居場所だとそんなことを思いながら、艶やかな髪に頬擦りするようにして顔を寄せる。
「ふふ~……今日も楽しもうねぇ、ゆずるくん……♡」
寝惚けているのか、はたまた夢の中では起きてパークに入るところなのだろうか。ふと、腕の中からそんな声が聞こえてきた。予想外のことに、一瞬面食らって大きく目を見開いてぱちぱちと瞬いた。次の瞬間、堪えきれなかった笑みが空気と一緒に零れていく。
「ふく……っ、はは……すげー楽しみにしてくれてんじゃんミユちゃん♡はー、びっくりしすぎて笑っちまった。……起こしてねぇよな?」
顔を覗き込むように体勢を変えれば、そこには夢を見て満足そうな顔をしている恋人がいた。
閉じられた目蓋の奥、大きな瞳をきらきらと輝かせている様子がありありと浮かぶほどに――満足げで、楽しそうで……邪気のない笑みが浮かんだ表情の彼女だ。
「よかった、せっかく安心して眠ってくれてんのに起こしちまうとこだった」
ごめんな?と心の中でだけ唱えて、そっと額に唇を寄せる。眠っている間でも、きっとこのくらいは許してくれるだろう。あんまりやりすぎると、また起こしてしまいかねないから……ほんの僅か、一瞬だけ触れた肌から体温が感じられる程度の口づけ。ただそれだけで俺を魔法みたいに引き込んでくれる、大好きで大切な温もり。
「……ミユちゃん、ふたりで明日もめいっぱい楽しもうな♪」
張り切っているであろう彼女の前で、疲れたり心配させたりしたくはないから。俺ももうそろそろ寝顔を眺めてないで寝るか――そう思って、目を閉じようとしたときだった。
「……ゅずるく……今日も、まほう……」
ほとんど吐息だけで溢された彼女からのお願いは、毎朝俺が……俺だけがミユちゃんにかけていい魔法を強請るそれで。反射的に息を吸い込んで、その音で喉がひゅうと音を立てた。どくどくと、全身を駆け巡る血流の音がやけにうるさい。静かな部屋で、俺の潜めた息の音だけが反響している。
「……なあ、ミユちゃん?」
震える声でそう呼び掛けて、ゆっくりと手を伸ばす。触れたら起こしてしまうかもしれない。……けれど、今は無性にその輝く夜空のような瞳でまっすぐに俺を見上げてほしい気もして。
「あんたは、俺を〝魔法使い〟だって言ってくれるけど……」
すり、と。指先で、シャドウを塗るときのようにやさしく目蓋に触れて――撫ぜる。早く早くと急いてしまう気持ちを抑えて、努めて冷静に。
「俺からしたら、あんたが魔法使いだよ。……俺を、魔法使いにさせてくれる。たった一人の女の子なんだから」
その瞳に俺だけを映して、笑いかけていてほしい。世界一かわいくて、世界一愛おしいヒト。
知ってるか?魔法使いは、ただいるだけじゃ魔法使いになれないんだ。自分一人だけじゃ、魔法使いだなんて証明はできないから。魔法にかかって、それを受け止めて……魔法だね、って言ってくれるお姫様がいないと、さ。
童話でだってそうだろ?――物語は、そこから始まるんだから。

「だから。……俺を魔法使いで王子様にしてくれたミユちゃんも、俺にとっては大魔法使いなんだよ」

照れ臭くて言えないけど、いつか。いつか、そんな風に想ってるんだってことも起きてるときにちゃんと伝えられたらいいなと考えながら。高揚して熱くなった吐息を吐いて、俺もそっと目を閉じた。