猫の日

2022/02/22


「ふふ……、やっぱりこうしてるの好きだなぁ~♡」
少し遅い昼食を終えて、のんびりと過ごす昼下がり。最初は隣あって座っていたはずが、いつの間にか抱きこまれるようにして眼前に迫った柔和な顔立ちに耐え切れず、ほんの少し視線を逸らす。
すりすりと寄せた頬を撫でながら、そう言う千弘さんは楽しそうだ。お付き合いし始めてからしばらく経つものの、私の方は千弘さんのスキンシップの多さに、一向に慣れそうにない。
気恥ずかしさから、撫でられている頬が熱くなるのを感じる。恐らくもう顔は真っ赤だろう。案の定――そう時間の経たないうちに、笑いを含んだ千弘さんの声が降ってきた。
「久遠ちゃん、顔真っ赤だよ?すっかりりんごほっぺちゃんだね♡」
「……う、うぅ……千弘さん〰〰っ」
「ごめんごめん、可愛すぎるからついからかっちゃった……♡」
最近特に反応を楽しんでいる気のある千弘さんに、抗議の視線を送るとにこにこと笑顔でそう謝られる。悪びれた様子が一切ないのに、毒気の一切ない笑顔でそう言われてしまうとつい許してしまうのだ。むぅともう一度だけ抗議の意味を込めて頬を膨らまして視線をやったものの、彼は変わらずに笑顔を浮かべている。
「やっぱり千弘さん、なんだか猫ちゃんみたいですよね……」
むにむにと頬を突いたりやさしく揉むように抓っては満足げな彼のされるがままになりながら、思わずそう溢す。
ぱちくりと目を瞬いた千弘さんが、少しだけ考える様子を浮かべて「うーん」と声を上げた。
「俺……猫みたいって言われたの、はじめてかも?」
「えっ、ほんとですか?」
「うん、ほら俺サインでも描くのうさぎちゃんだし……そういうイメージは結構大きいからね」
そう言われてなるほど、と同意する。千弘さんが|AV男優《チヒロ》として活動している際に使用しているサインには、確かに可愛らしいうさぎが添えられているのが常だ。
あとはもう、代名詞になっている桃とセットで〝チヒロ〟のサインは書かれている。桃は元々千弘さんが好きなものだし、うさぎもわからなくはないのだけど——わかるのだけど、理由を聞かれるのが嫌なので千弘さんの前では触れずにいる――髪色から|イメージカラー《ピンク色》と言い、連想するものすべてが同じ色と言うのもなかなかに珍しい。
ふむふむと頷いていると、千弘さんがずいと顔を寄せた。
「……で、どうして久遠ちゃんは猫みたいって思ったの?」
鼻先が触れ合うほど近くで、まっすぐに瞳を覗き込まれてそう尋ねられて。……誤魔化せる人がいるだろうか、と。ときどき思う。
「……甘えん坊な猫って、抱っこも大好きですし……その、ずっと近くにいたり、すり寄ってきたりするじゃないですか」
先ほどまでほとんど抱っこされるような体勢だったのだ。千弘さんはその長身もあって《《抱っこされる側》》にはならないけれど。とにかく、お家の中だと常に触れていることが多い。いつぞや本人が言っていたように〝愛しいと思ったらキスをする〟という日を仮に作ったとしたら、一日中本当にずっとキスしていそうなほどに、である。
「賢いし、あざといというかズルいというか……猫ちゃん見てると、自分の可愛さをわかっているな~って思うことありません?」
ああいう感覚です、と言うと彼は堪えきれずにちいさく噴き出した。
「教えてくれてありがとね♡ 久遠ちゃんは俺にしてやられてばっかりだもんねぇ……♡」
その上、俺のお願いに弱いし……とくすくすと笑った千弘さんの長い指が、そっと唇に触れる。指先が触れるか触れないかの位置で、そっと唇をなぞられて。
――ただ、それだけのことで。じわり、と耳までさらに熱くなっていく。
「ほーら、今も意識しちゃってるでしょ?」
全部かーわいい表情に出ちゃってるよと言われて、言い返せずにぐ……と言葉に詰まる。唇の上を何往復かした指先が、ぴたりと動きを止めて。――その瞬間、思わず吐息がこぼれ落ちた。
自分の鼻先に当たった呼気の熱さに、また顔が朱に染まっていく感覚がする。恥ずかしいと思う気持ちはあるのに、それよりも喜びが勝る……なんて。千弘さん以外では、考えられもしない。
「久遠ちゃんも十分猫っぽいけどね♡」
もう期待しちゃってる瞳してる、と言うと笑って「大人しい性格の猫ちゃんって、甘やかされるとそのまま力抜いてされるがまま~って子も多いもんね♡」と続けた彼の言葉に、その通りかもしれない……なんて考えている時点で。多分、私はずっとこの人に負けている。
「……すっかりダメになっちゃったね?」
「千弘さんが、したんですよ……」
そう返事をしてようやく、重ねられた唇の感触に……また。燻るような熱が、煽られて火が付く感覚が――した。