甘言蜜語

2022/05/06


「ねーぇ、トーちゃん♡ この間のジョークグッズのクッキーって、どこで買えるの?」
事務所で友人――事務所ナンバーワンの男優、チヒロに突然そう声を掛けられて俺は思わず「あ?」と胡乱な返事をした。
……いや、この場合俺は悪くないだろ。つい先日、俺が差し入れた|ジョークグッズ《若返りクッキー》のせいで事務所はその翌日、それはそれは大変な目に遭ったところだ。俺はもちろん、チヒロも含めて事務所の中でも売れっ子組がこぞって肉体が若返って、リスケが死ぬほど大変だったのだと俺はこっぴどく事務所統括マネージャーの岡持に怒られた。当面事務所のスケジューリングに文句を言わない、という譲歩をしてようやく《《渋々ながら》》岡持の溜飲が下がった程度である。ついでに数日間いいメシを奢らされた。さすが統括マネージャーだけあって、岡持はああみえてちゃっかりしている。
そんなわけで、俺は今日も罪滅ぼしもかねて、撮影の合間に事務所の手伝いをしていた――のだが。
「……なんでだよ」
俺はもう社長と岡持に挟まれて怒られんのは勘弁だぞ、と顔をしかめてそう言えば、チヒロは「あはは」と軽く笑い飛ばした。……今の俺からしたら笑い事じゃねえっつーの。
「ちがうちがう、この間は俺しか食べなかったからさ♡ 小さい久遠ちゃんも見てみたいなーって……♡」
「……本人の同意は」
間髪入れずにそう尋ねると、チヒロは茶目っ気たっぷりにウインクをして見せてから「これから♡」と返事を寄越す。なにが〝これから〟だと悪態をついてから、あのなぁと頭を掻いた。チヒロは自分が男女問わず人たらす能力があるのをいいことに、こうしてときおりノリと勢いで押し切ろうとする節がある。さすがに付き合いの長い俺や岡持、社長をはじめとした面々には効かないのだが……。ある程度のことであれば、《《これ》》で許されてきたせいでこのあたりコイツは緩い。
「よーし、チヒロ。おまえはまず本人の同意を得ろ。じゃないと死んでも俺はクチを割らねえぞ」
「……ふーん、そっか。じゃあこのトーちゃんが探してたヤツ、残念だけど別の人に譲ろうかなー」
この反応も予想していたのか、チヒロはガサガサと手にしていた紙袋からモノを覗かせて、これ見よがしに揺さぶりをかけてくる。しかも、探していたモノとはいわゆる絶版モノだ。趣味は正反対と言ってもいいチヒロには不要の長物だが、俺からすれば垂涎ものの品である。
「おまえ……そういうのはズルだろ!」
そう叫んで、あの子には申し訳ないなと思いつつ……俺はチヒロの持ち掛けた取引に応じることにしたのだった。

◇ ◆ ◇

もぞり、と身動ぎをすると枕元に置いてあるスマフォへと手を伸ばす。ぱた、ぱた、と手探りで探り当てて手に取ると、まだ重い瞼を開けた。
「んん……まだ八時前かぁ……」
それなりには寝たのだが、朝の気怠さはどうしたって軽減しないなぁと思う。美容の大敵だからと普段は早寝を心掛けているとはいえ、不規則な仕事のスケジュール柄、夜遅くなることも少なくはない。あれやこれやと今日やることを頭の中で考えつつ、隣ですやすやと穏やかな寝息を立てている彼女に目を向けた。
少しだけ丸まるようにして眠る姿を見るたびに、やっぱり小動物みたいだなぁと思う。ちょこちょこと動くところも相まって、起きているときにはどちらかと言えば活発に思える姿も、寝ているときは本当にちいさくて可愛らしい。
起こさないようにゆっくりと体勢を整えると、身体を包むようにやさしくぎゅうと抱きしめた。鎖骨の下――ちょうどタトゥーの辺りに彼女のあたたかい呼気が当たって、くすぐったい。そっと視線を下ろすと、まだ眠っている久遠ちゃんが、鼻先をすり寄せるようにしてちいさく動いたところだった。動きに合わせて、さらさらと細くて滑らかな髪が揺れる。俺の匂いに安心しているのかなぁと思うと、またたまらなく愛しさがこみ上げてきてしまう。……彼女と暮らすようになってからは毎日そう思ってばかりだし、これからもずっと飽きることはないだろうと、自信を持って言えるほどだ。
「んー、ふふ……っ」
彼女は先に寝てしまうことが多いから知らないけれど、《《まだ足りないな》》と思った日にこの寝顔をオカズにしている俺としては、休日は朝からそういう日にしたっていいんだけど。それとは別に彼女との普通の生活も楽しみたいという気持ちもあるので、どうしたものかなぁと寝顔を眺めながら思考を巡らせる。
考えながら、薄く開いたままになっている久遠ちゃんの薄い唇を指の腹で突いて、閉ざすように指を動かした。頭がぼんやりしてきたときや、こうして眠っているとき、彼女は口元が若干疎かになる。そういう無防備なところもかわいいんだけど、よそでもこうなのかなぁと思うと少しばかり心配な気持ちにもなる。
脱線した思考のせいで複雑な気持ちになって、俺はつつ……と指の腹でその唇を撫でた。
「んん……」
ほとんど吐息のような声を上げて、眉が寄せられる。ゆるやかに|頭《かぶり》を振ると、またすうすうと寝息を立て始めた彼女の様子を見て、そっと声を上げずに笑う。ふと湧いた悪戯心に、寝ている彼女の唇を、つんつんと軽く突く。反射的に開いた唇の隙間から、わずかに覗いた歯列をなぞると、先ほどと同じように薄く開けられた。安心しきっているとはいえ、これを眠ったままやっているのだから……余計に心配にもなってくる。悪戯を仕掛けたときには、そこまでするつもりはなかったのだけど、逡巡の末に赤い舌の上に指先を触れさせれば、舌先が形を確かめるようにしてなぞっていく。
ぬるりと温かな舌先が爪先を擽ってからしばらく。ん、と先ほどよりも大きく、無防備に晒された舌に、誘われるようにして指を乗せた。ゆるゆると舌先が上へ下へと指を舐めては、控えめに指に吸いつかれる。唾液の絡んだ指を上顎へ這わせると、「んぅ」とくぐもった声が鼻先から零れた。音とともに追いかけてきた舌が、次は指の腹側ではなく甲の側を這っていく。切なげに寄せられた眉と言い、若干上気して染まった頬と吐息と言い。目覚めてはいないからその目が俺の方を向いていないと言うだけで、その表情は俺がよく知る情事中の彼女の表情だ。……それも、《《欲しがっているとき》》のそれ。
「はー……もう」
俺がそうしたのは紛れもなく事実なんだけど。眠っていて安堵しきった状態で、反射的にこんなことをされちゃったら、組み立て始めた予定とか、もうどうでもいいかなー……と言う気持ちになってくる。ずるりと指を引き抜くと、彼女の口腔内から引いた糸を拭って、俺はそっとベッドから抜け出す。
「さすがに久遠ちゃんが悪いよねぇ、これは」
自室に置いた荷物の中からお目当てのものを持ってくると、彼女が目覚めるまでもうしばらくの間……その寝顔を眺めていることにした。

◇ ◆ ◇

「んん……ん」
ちいさな声とともにもぞもぞと身体を起こす布擦れの音が聞こえて、俺は家事を中断して彼女のもとに歩み寄った。まだ意識が覚醒しきっていないのか、目元を擦りながらその上体はふらふらとちいさく揺れている。
「久遠ちゃん、おはよ♡」
「……おはよう、ございます……ちひろさん」
寝起きの彼女の声はいつも以上にぽわぽわとしていて、呂律もたどたどしい。ふふっとちいさく笑って、先だって持ち出して来ていた《《お目当ての品》》の封を開ける。一枚指で摘むと、彼女の口元へと運ぶ。
「ほーら、久遠ちゃんお口開けて?」
「んー……ん、はぁーい……」
疑問に思うことなく「あーん」と口を開けた彼女の口に、クッキーを咥えさせる。指でそれを支えるようにして待てば、若干戸惑いつつも久遠ちゃんは大人しくもぐもぐと咀嚼をし出す。そのクッキーは、先日若返りを起こした例のジョークグッズだ。あのとき、誰も何も疑問に思わなかったほど、味としては〝普通の美味しいクッキー〟である。案の定、彼女も疑問に思わなかったのか、ちみちみと食べ進んでいく。彼女の口の動きに合わせて、最後のひと欠片を指で押し込むようにして、口に入れた。そのままの流れで、ふに、と軽く唇へ触れる。
「んむ……?千弘さん、なんで朝からクッキーを……?」
嚥下してからそう首を傾げた彼女に、俺は「前に食べておいしかったから、久遠ちゃんにもお裾分け♡」と笑ってみせた。戸惑い気味に「なるほど……?」と首を傾げた彼女の思考を遮るようにして、指をそのまま口に入れる。
「んっ……、ちひろさん……?」
なんでと問いかけてくる視線に、ふわりと笑って「指にも欠片ついちゃってた♡ 久遠ちゃんなら、どうすればいいかわかるよね?」と返事を返した。さっと朱のさした頬の色に、喉奥でくつくつとちいさく笑う。本当に、快感に対して素直でかわいい子だなぁと思うと、余計に愛しさが溢れてくる。どれもこれも俺が教えて、俺相手だから覚えてくれたことなんだと知っているからこそ、余計にそう思うのだ。
「うぅ……」
恥ずかしそうにしながらも、指先に舌が触れる。意識してしまっているのか、触れたソレは明らかに熱を持っていた。ぺろり、と指先を舐め上げられる。
「ふふっ、素直に言うこと聞けていい子……♡」
そう言いながら空いた片手でする、と喉をひと撫ですると、ひくりとちいさく喉が震えた。口内もすっかり弱くなった彼女は、今では口の中まで性感帯になっている。ゆるゆると俺の指を舐めているだけで、彼女の目が徐々にとろんと堕ちていく。最初は躊躇いがちだった舌の動きが、もっとほしいと強請るような動きに変わった。必死に指の股まで舐めている彼女の鼻先から、甘い声が抜けていく。寝起きでこんなことを急に強要されたと言うのに、一方で俺にとことん愛し尽くされた身体は、素直にこの先の快感を期待しているのが見て取れた。浅くなっていく呼吸が、息継ぎの合間から洩れるペースがどんどん上がっていっている。
「ち、ひろさ……」
咥内に溜まった唾液をこぼれないように必死に嚥下しながら、震える声で名を紡がれる。その声が甘えたような響きを帯びていることに、俺が気付かないわけもなく。そうと悟られないようにくすりと笑ってから、口に含まれたままになっていた指をぬるり、と引き抜いた。ほんのすこし残念そうな表情を覗かせて、俺の指を追いかけるようにして、ちいさくくぐもった声が漏れる。反応するように喉が震えるところが、また可愛らしい。
――ここまで来れば、もう久遠ちゃんは断らない。否、断れない。彼女自身うっすらと気付いているだろうけれど、俺が〝気持ちいいのを隠さないで〟と言い続けてきたのはそういう理由だ。隠さずに晒け出せば晒け出すだけ、身体はより素直に快感を追おうとする。それを何度も何度も。……繰り返し、彼女と彼女の肉体に教え込んだのは、ほかの誰でもない。|高嶺千弘《俺》なのだから。プロとして得たテクニックも、彼女を愛するひとりの男としてのして情念も。数ヶ月以上にわたってぶつけて、すっかり蕩けさせてきた。今では素直な彼女は、俺が顔を寄せたり身体を抱き上げただけで真っ赤になってしまうくらい、意識づけられている。
「ね、キスしよっか……♡ お口あけて?」
唾液ですっかりふやけた指先を舐めとると、彼女の髪を耳に掛けた。指先が敏感な耳に触れて、ちいさく身体が震える。ぴくっと小刻みに震えたのを視認して彼女の顔を見ると、気恥ずかしさからかふいと視線を逸らされてしまった。あらら……と笑って視線を追いかける。追いかけた先で目元まで赤くした久遠ちゃんが、俺が視線を向けたのを見てちいさく口を開けた。その様子に、思わず「ふふっ」と笑みがこぼれ落ちる。照れてはいても素直に言うことは聞いちゃうんだもんなぁ、とそんなところがいじらしくてより愛しさが溢れてくる。
「……いい子♡」
そう言って頬に手を添えて、唇を合わせた。滑り込ませた舌先で歯列をなぞると、くぐもった声が口腔内で響いた。逸らしたはずの視線が、いつの間にか俺の方へ戻されているのを見て本当に素直だなぁと嬉しくなる。これが、俺相手だからこそなんだと思うと……どこまでも底抜けに幸福感で支配されそうになってしまうほど。控えめに伸ばされて絡められた、薄い舌を絡めとるようにしてより深く。もっと深く……と、貪るようにしてそれを繰り返した。

◇ ◆ ◇

「ふぁぁ……んー、よく寝た……♡」
小声でそう言いながら、ぐぐっと伸びをする。結局朝から《《そういう気分》》になってしまったので、そのままの流れでいつものように抱いたのだった。早めに起きたこともあって、ふわふわと眠気に纏わりつかれてうつらうつらしている久遠ちゃんを寝かせて、俺ももうひと眠りすることにして。何時だろうと枕元から少し離したところに置いてあるスマフォに手を伸ばす。
「……ん、あれ?」
電話を手に取ってから、ふと違和感に気が付いて小さく首を傾げる。いつもなら触れるはずの彼女の頭部に、触れなかったのだ。さらさらとした髪には触れたものの、形の良い丸い頭部に触れなかった――……そう気が付いて、視線を落とす。いつもと同じ体温。いつもと同じ匂いだから、最初は気付かなかったけれど。クッキーの効果が出たのか、久遠ちゃんは縮んでいた。
すうすうと規則的な寝息を立てて眠りこけるその姿は、いつもと変わらない。でも確かに、彼女の身体は小さくなっていた。表情もどこか、いつものそれよりあどけない。目を閉ざしていても、無垢で純真な様がわかるほど。身体が小さくなったからか、いつもより瞳が占める割合が大きくなっている気がする。
「ふふっ、お口もちいさーい……♡」
食んでしまっている髪をついと指で除けてやりながら、ついそんなことを口にした。ふにふにと指の腹で唇を押してみる。弾力の良いそれは、先ほどまで二指分はゆうにあったのに身体のサイズに応じて縮んだせいか、今は一指分しかなかった。やや口をすぼめている状態になっているのもあるとは思うが、突いている俺の食指の先よりもまだ小さいかもしれない。
「ん、んんー……?」
ちょっかいをかけすぎたのか、穏やかだった寝顔が崩れる。ちいさく眉を寄せて唸り声を上げる様子に、ふふっと笑みをこぼして指を引いた。ゆっくりと持ち上げられた瞼の向こう、陽光を浴びてきらきらと輝く翡翠の瞳が覗く。ぱち、ぱちと何度かその目を瞬いて、もう一度瞼を閉ざすと――最後にゆっくりとまつ毛が持ち上げられる。いつもよりあどけなさを残す表情。くりくりとした大きな瞳がこちらを向いて、ふわりと表情が緩められる。
「……おはようございます、千弘さん」
微笑んだその表情も、はにかんだと表するのが一番近いようなそれで――。彼女がそうであったように、自分自身も《《久遠ちゃんのことなら》》どんな姿になっていようとも愛せるんだな、と実感させられて足元がふわつくような感覚に襲われた。ああ、うん。……幸福感、多幸感ってキミと一緒にいるときのそれを言うんだろうな。
「おはよう、久遠ちゃん」
胸中に去来するさまざまな感情をない混ぜにしたまま、なんとか言葉を紡ぐ。
肉体年齢に色んなものが引っ張られる感覚は、俺自身経験済みだ。だからいくら中身がいつも通りと言っても、細かな差異があるのはわかっていた。けれど。……それにしたって彼女の表情は、最初から柔らかく、かつやさしい。いつもそうと言ってしまえばそうだけど、いつもはもっとふにゃふにゃに蕩けて、蕩けきってからでないとこんな表情にならないのに、ただ起き抜けに愛おしげに俺を見つめて細められた瞳が、もう――蕩けて潤みきっている。全身で俺への好意と幸福を示してくれるときに覗かせるそれなのだ。……俺も、あのときはこんな表情をしていたのだろうか。眩暈がしそうなほどの倒錯感。もしそうだとしたら、彼女があのとき、あれほどまでに照れていた理由もよくわかる。
「ん……?私、なんだかいつもより声高くないですか?」
喉に手を当てて訝しげな表情をする彼女の視線が、喉に当てるために動かした手の方へ注がれる。違和感に気付いたらしい。
「……えっ?な、なんで私縮んでるんですか!?」
至極真っ当な問いかけに、俺は肩を竦めるとちいさく笑って応じた。――「朝、何食べたか覚えてる?」と。その言葉に「あ」と声を上げた彼女のちいさな身体を抱え上げて、そそくさとベッドから出る。時間を、無為にしないために。

◇ ◆ ◇

「ごめんね、久遠ちゃん。……許してくれる?」
顔を洗って軽い食事を摂り、事情――というよりは俺の思いつきの悪戯――をひと通り話した後、そう尋ねた。いつも使っている食卓ではなく、ソファの上でちょんと座った彼女の前で、俺は床に座している。勝手にしたのだから、謝る以上はそうしようと思ったためだ。
「……もう。怒ってないのは、千弘さんなら気付いてますよね?だから謝らなくていいです。座るのも遠慮せず|隣《ここ》にどーぞ。まあ、驚きはしましたけど……。千弘さんが前に提案してくれたアルバムとか、持ってなかったですしね……」
両手で持っていたグラスをローテーブルの上に置きながら、言葉を選ぶようにしてそう言われる。俺の身体が退行したとき、彼女にも幼い頃のアルバムとか見てみたいなぁと言ったことも覚えていたようだ。彼女は大学時代からのひとり暮らしで、|卒業アルバムなど《そういったモノ》の類いは実家にあるのだと、前回申し訳なさそうに話してくれた。
ぶかぶかな服の袖を直しながら困ったように笑う表情は、ちいさくなっても彼女は彼女だとわかるのに十分な表情だった。
いつもころころと変わる表情が、今はさらにころころと変わる。溌剌としているというほど元気なタイプというわけでもなく、控えめなのにくるくると変わる表情を見るのが、俺はなんだか妙に愛しさを覚えるから好きなのだけど。いつもはきっと、そっと俺に気付かれないようにしているのであろう表情の変化も、今はつぶさによく見える。俺がそれに気付いてまた感慨深げな表情をしているのか、くるくる変わる表情の合間に俺の様子をちらりと見やる様や、目があってバツの悪そうな顔、悪戯っぽく破顔して一瞬ぺろりと覗く舌など――堪えるのが大変なほど表情が次々に変わっていく。普段の久遠ちゃんも感情の機微がとても繊細で、そっと俺の考えや声色に寄り添った反応を返してくれる子なのだけれど、今は感情の起伏自体が大きくなっているのだろう。
「……ん、ありがとう」
「もーほら、謝らなくていいって言ったじゃないですか!そのお顔もダメですよ。ほーら千弘さん、いつまでそこに座ってるんですか。|隣《ここ》って言いましたよ!」
ぽふぽふと自身の隣の座面をちいさな手で叩きながら、彼女はむうと頬を膨らませる。いつものその表情も、今の姿でやると本当に子どもの駄々といった感じがして、思わず俺も表情を緩めた。「はぁい」と応じて床から腰を上げると、こちらを見つめる大きな瞳と目が合う。きらきらと好奇心で輝いた瞳に見据えられて、ほんの少し困惑する。俺が何か言う前に「ふふ」と破顔した彼女が、俺がソファへ向かう動きに合わせるようにして、ぴょいとちいさな身体を跳ねさせた。
「えっ、ちょっと……久遠ちゃん!?」
完全にダイブする姿勢の彼女に向かって慌てて手を伸ばすと、待っていたというように身体を預けられる。脇の下に手を回して抱き留めると、そのままソファへ腰を下ろして膝の上へと着地させる。ほっと息を吐くと、悪戯に味を占めた子どものような表情をした彼女が「ふふー」と笑みを浮かべながら、俺の顔を仰ぎ見ていた。
「もう、突然ダイブするからびっくりした……。怪我でもしたらどうするの」
「えー。自分が座ってたところから千弘さんに向かってダイブしただけですよ?下も絨毯ですしへーきです。それになにより、千弘さんなら抱き留めてくれると思ってました♡」
下からすいと伸びてきた手が、ぺたりと頬に添えられる。ちいさな手から伝わる温度が、心地いい。さらさらと背中に流れ落ちる髪を、思わず片手で梳く。
「やーっと申し訳なさそうなお顔じゃなくなりましたね、千弘さん。むしろ、千弘さんがそうして我が儘をぶつけてくれるのが嬉しいんだって……何度言ったら覚えてくれるんですかー」
むいむいと、ちいさな手に頬を揉まれる。かけられた言葉に、悪戯がバレてバツの悪そうな顔をしていたのは俺の方か――と、そっと息を吐く。……本当にこの子には敵わないなぁ。
「……ん、そうだったね。じゃあちゃんと言い直すよ。久遠ちゃんがちいさくなったらどんな感じになるんだろうなって思ったら、どうしても見てみたくって」
トーちゃんの差し入れのジョークグッズ調べて買ってきたの、と言うと「ほんとに普通のクッキーみたいでしたねぇ……」としみじみとした感想が返ってきた。なんというか、彼女は本当にそういうところがちょっと抜けているというか。芯が強いのは知っているのだけど、出会ったときもこの調子で一般企業を騙った悪徳業者の撮影に引っ掛かりかけていたのだから、もう少し警戒心を持ってほしいような気もする。まあ、俺に対して警戒心を抱かずにいてくれるのは、それだけ信頼してくれているんだなと思うからいいんだけど。ちいさく笑って曖昧に返事を濁していると、頬を揉んでいた手がぴたりと止まった。
「そういうわけで、ちひろおにーちゃんのワガママを聞くのは私の特権なので、いーんです!」
そう言ってにっこりと笑った彼女が、背伸びをしてぐっと顔を寄せる。そのまま鼻先に口付けられて、一瞬言葉を失う。いや、俺も自分が退行したときはこんな感じだったから、今のは意趣返しなのだろうけど。
「……久遠ちゃん、実は結構根に持ってたりする……?」
「いいえ?でも、千弘さんも言ってたじゃないですか。〝このカラダだからこそ出来る事……楽しまないと損でしょ〟って」
だから普段のカラダだとできないことをやっておこうかなーと思って、と続いた言葉になるほどねと苦笑した。俺、あのとき余計なこと吹き込んじゃったなぁ……とほんの少しだけ反省する。キミがそうだったように、俺だって《《相手がキミなら弱い》》んだけどなぁ。
「ちひろおにいちゃんが不意を突かれて驚くのは珍しいので♡ この機会にいっぱい拝んでおこうかなーと思っただけです♡」
普段は素直でいじらしさが強い子ではあるけど、そうだった。彼女は俺が《《そう》》していいよと言えば少々強めに出られる子でもある。反対に、俺が求めれば受け手にも徹せる。こういう《《イタズラ》》が好きなのは俺と同じ。仕事じゃなくてただの素で、俺という人間のこれまで知らなかった欲をするりと自然体で引き出せる唯一の相手なのだから。俺が彼女の全部を欲しがるのと同じように、久遠ちゃんも俺の全部を欲してくれているに過ぎない。それが〝俺も知らない、自覚していない新たな欲の芽生え〟であっても……だ。お互いにそうして自然と求めているだけのこと。
――日常において、この手の変化はスパイスだ。だから、俺はあの日も彼女に〝恋人なんだから罪悪感を感じる必要はない〟と言った。これは嘘偽りのない、本心からの言葉。どうせならそのすべてを楽しんでほしいと、俺は素直にそう思っている。いつも全部は言葉にしなくても、そうして接してきたから……彼女にも、その想いは通じているのだろう。だからこそ、余計に敵わないなぁと思うのだけど。
「ふふっ……千弘さんも、結構無防備になってないですか?」
「あは、やっぱりキミには敵わないなぁ……。やっぱり見た目が若返ってると、ちょっと油断しちゃうのかもね」
子ども相手に警戒心を抱くことって普段あんまりないもんねと独り言ちるようにこぼすと、彼女は俺の膝の上で満足げに笑う。そうでしょうと言いたげな表情に、そこはちょっと意地悪を言ったかなぁと俺も眉を下げた。
「……ところで久遠ちゃん、あの……急にどうしたの?」
満足げに笑ったと思いきや、身体の向きを変えて俺に向き合うようにして座った彼女の行動に、思わず問いを投げる。俺のときと同様、普段着ている服を一枚纏っただけのその恰好は、少々危なっかしい。ぶかぶかの服がずり落ちた肩口から、動くたびに白い肌が覗いている。いつも俺の視界の方が高いとは言え、さすがに彼女が腕を伸ばすたびに生まれる隙間から、まだ隆起する前の控えめな双丘やいつもより遙かに肉が薄く、呼吸に合わせて上下する腹部が視界に入るのは……罪悪感があった。わかっていてやっているのだろうか、と若干処遇に悩む。
「んー、いつもとどう変わるのかなぁと思って……。よいしょ、っと……ちょっと失礼しますね、千弘さん♡」
そう言うと、彼女がぎゅうと俺に抱きついてきた。いつもよりもずいぶん小さな、その身体で。いつもは俺の身体全部で抱きしめてあげるその身体も、ちいさくなった今は俺の腹部にくっつくだけで、もうそのほとんどが覆えてしまいそうなほどのちいささだ。そんなちいさな身体でも、俺を真正面から受け入れて――愛そうとしてくれる。
「ふふっ、千弘さんの心音……やっぱり心地いい」
鎖骨の下――タトゥーを刻んだあたりに頬がすり寄せられた。触れた肌から伝わる体温が、心地いい。さらさらと、何度か確かめるように後頭部の髪を梳く。いつもの手触りがして、安堵した。姿形が変わっても、久遠ちゃんだとわかる。いつもよりほんの少し高い体温も、やや早めの拍動も。違っていても、忌避感は湧いてこない。
わずかに躊躇ったあと、ようやくそのちいさな肢体に腕を回した。片腕だけで抱き竦められてしまうほどに、ちいさな身体。その首筋に鼻先を寄せる。……いつものように。嗅ぎ慣れた体臭がして、わかりきっていたはずの〝なにも変わらない〟久遠ちゃん本人だと実感して、ゆるりとなにかが融解していく感覚がする。
「……千弘さんも、罪悪感湧いちゃいましたか?」
ぽんぽんと、ちいさな手で背中をさすりながらそう問いかけられて、答えが紡げなかった。こんな感覚なんだなぁって、自分が退行したときには思わなかったのだ。酷なことをしただろうかと、どうしても不安が湧いた。
普段の彼女は理性的で、倫理的に外れることはまずできない。その精神的なブレーキを外してあげるには、ほんの少しばかり背中を押してあげる必要があった。俺自身、今はじめてこんなにも《《彼女だから》》こそ込み上げてくる衝動が、何ひとつ普段と変わらないことを実感したのだ。
「……今の私も、普段の私も。千弘さんの全身を、抱きしめてあげることはできないですけど……。こうして、千弘さんの腕の中では安心できる、って伝えることならできます。……それに、私だってこれでもめいっぱい、世界でいちばん大好きな人を、カラダ全部でぎゅってしてるつもりです」
――だから、ちゃんと《《今》》の私の表情を見てください。
そう言われて、顔を上げる。そこにあったのは、無邪気な少女のそれではない。あの日垣間見せてくれた、少しお姉さんの表情でもない。いつもより潤んではいるけど、間違いなく。リンゴ色に染まった頬も、とろりと下げられた眉も、俺を見上げる熱のこもった視線も。全部が、見慣れた恋人の表情だった。
「あぁ、もう……またそんな可愛いお顔しちゃって」
〝もっとその可愛いお顔を見せて〟と、あの日をなぞるようにそう応える。そんな顔をされたら、すぐめろめろになって……キミが欲しくなっちゃうんだもん、と告げたときと同じ表情。
「……ん、千弘さん。ちゅう、しましょう?」
そう言うと返事を待たずに、ただ触れるだけのキスが唇に落とされる。ちゅ、と音を立てて離れたあと、ふわりと柔らかな笑みが向けられた。
「カタチが変わっても、私は私です。……千弘さんの、《《恋人の私》》のまま、なんですから……そんなこと気にしないでいいんです」
だって、《《私が、千弘さんとこうしたい》》んですから。――そう言って、あの日の俺と同じように与えられた免罪符。だからもっと、とちいさな口で口端を吸い、ぺろりと舐め上げられる。薄く開いた唇の隙間から、ちいさくて真っ赤な舌が挿し入れられた。ぬる、と普段よりいくらもちいさなそれが、俺の舌先を這っていく。するりと首の後ろに手が回されて、より深いキスに変わった。短くなった舌を、必死に絡めて貪られる。
「ン、……それとも、千弘さんは《《私》》とこういうことするのは、いや……ですか?」
ぷは、と息継ぎの合間に途切れがちに。潤んですっかり夢中になった瞳が、こちらを見てそう問いかける。
「……そんなこと、あるわけないよ」
……でも、だからこそ怖い。俺が退行したときは、キミが受け入れてさえくれれば、あとの問題は些末なものだった。ただ、俺が頑張ればいいだけの話で済む。職業柄テクニックはあるし、ほとんど毎日のように求めても飽くことのない彼女の身体のイイところは、本人以上に覚えている。なにより彼女に快感から感じ方まで、その全部を教えたのは俺だ。現時点で貰える全部を貰って、その上でまた染め上げて。……それで良かった。けれど彼女が退行するとなったら、話は変わってくる。俺自身が、どこまで耐えられるかわからない以上、簡単にYESを返すわけにはいかない。
「……怖い、ですよね」
ぽつ、と至近距離で瞳を覗き込んで、たったひと言。
なにがとも言わずに、ただそれだけ。愛おしみ、慈しむ表情で……そう問われる。やさしく凪いだ声音は、俺を責める意図などないことを表していた。
返事を返せずにいる間に、する、と伸びてきた手折れそうなほどに細い腕が俺の頭を撫でていく。彼女の胸元に当てられた耳が、慣れ親しんだ鼓動を拾った。全身で包み込まれて、その温かさに弛緩する。
「たしかに、今の私では挿れるのは無理かもしれません。……でも、一瞬に良くなる方法はそれだけじゃないって、教えてくれたのも千弘さんですよ?」
くすっと笑って、気軽に言ってのけられた言葉。ほんとに、もうちょっと危機感を持った方がいいんじゃないかなぁと思うくらいに、あっけらかんと。目が眩んでしまいそうなほどに、眩しくて。迷子になってしまっていた俺の想いを、まっすぐ照らして引っ張ってくれるのは……結局、いつもキミのその笑顔と、全部を受け入れてくれる安心感なんだなぁと、思い知らされる。
「……あは、そうだったね。それに、その分元に戻ったら俺の全部、久遠ちゃんに責任持って受け留めてもらえばいっかぁ……♡」
彼女が遠慮しなくていいと言うのなら、気兼ねなく。今を楽しく、今しか味わえない感情も快感も、全部をふたりで共有しよう。スイッチを切り替えると、俯いて顔にかかった髪を掻き上げながら、ぺろりと舌舐めずりをする。ゾクゾクと、腹の底から這い上がってくるような快楽の種を予感して、身体が準備を始めたのがわかった。……久遠ちゃんの方も、同じ。俺のこの動作は、最早ふたりの間で共通の認識の《《意味》》を持つ動作になっているからだ。
期待にその瞳の色を蕩して、熱を持ち潤んだ視線が一層熱を増す。かわいいかわいい、俺に食べられることを期待して、燻る熱に身を焦がして——与えられる刺激と快楽を待ち望んで、受け入れる準備を始めた顔。俺が与えるそれでなくては満足できなくさせられた彼女の、俺にしか見せない表情。
「千弘、さん……」
期待にちいさく喉を震わせた声が、甘さを増して俺の名を紡ぐ。その声だけではやくほしい、と言外に強請られて、くつくつと笑いが漏れてしまいそうになる。
「ふふっ、順番に……ね♡ まずはお口あーんってして、もっとちゅうしよ?」
髪の房を避けるように耳に掛けながらそう声をかければ、大人しく眼前でそのちいさな口が開かれた。
「ん、素直でいい子♡」
言い切らぬうちに舌をその咥内に滑り込ませると、歯茎と歯列をなぞっていく。いつもより狭くちいさくなっている咥内は、俺の舌を挿し入れただけでもういっぱいになってしまうほどだった。ただでさえ薄い舌がさらに薄くなって、舌先の神経が敏感になっている。わかっていて舌を絡め取ると、根元まで弱い箇所……神経の集中しているところを重点的に嬲りながら舐め上げた。ひくりと震える喉の動きを逃がさないように、呼吸ごと貪るように音を立てて舌を吸う。吸った舌がぢゅう、とひと際大きな音を立て、酸素を求めて喘ぐ動作に合わせ、一度緩めてやる。鼻から取り入れた分だけでは到底足りずにぼんやりと視界を揺らがせる彼女が、流れ込んだ酸素を必死に取り込もうと薄く口を開閉させた。長さも大きさも、質量からして違うモノを受け入れているのだから、当然と言えば当然なのだが、たったそれだけで双眸がとろとろに蕩けてしまっている。
ただでさえ開発されて弱くなった咥内を、ほとんど一度になす術もなく食い荒らされたのだから、仕方のないことではあるが。肉体年齢に引っ張られて、いつもより《《堪えられない》》ことを、俺は身をもって知っていた。生理的に浮かんだ涙を目の淵いっぱいに溜めて、肩で息を繰り返す。その一瞬だけ間を置いて、無遠慮に角度を変えてもう一度貪った。
「ン、んぅ……」
堪えきれず、鼻先から吐息が抜けていく。上顎から喉奥にかけて、ワザと舌のざらつきを引っ掛けるようにして舐めてやると、首に回されていた腕がちいさく震えてひくひくと呼応するように、喉が数度痙攣する。
絡めた舌裏を撫で上げながら、混ざった唾液を嚥下するようにして口を離す。
「ぷは……っ、ぁ……♡ はー、はぁっ……♡ しゅご♡ ちひろさ、ぃまの……なにぃ……♡」
ひぅひぅと喉を鳴らして喘鳴とともにそう言われて、思わず笑みが深まった。本人も予想していなかったのだろう。今の一瞬で完全に思考がぽやぽやと飛んでしまっているのが見て取れる。
「あは、久遠ちゃん……キスだけで軽くイっちゃった?」
「ん、はい……。頭ふわふわする……♡」
酸素不足と弾けた快感に、脳髄が痺れるような感覚に囚われたまま。ゆるゆると頭を振ってそう返事を寄越した彼女のふやけた声が、耳朶をくすぐる。
「ふふっ、そっか♡ もー、ほんとに快感に素直でかわいーなぁ……♡」
ふわふわと視線が浮ついたままなのは、表情を見ればよくわかった。くたりと預けてきた身体を抱きしめ、頭を撫でる。気持ちよさそうに細められた目が、こちらを見上げて、さらに表情が緩んだ。ふわり、と。花開くような笑みを浮かべて、甘えるように頭をすり寄せられる。
「ふふー、千弘さんになでなでしてもらうの、すきです……♡」
なんだか落ち着くんですよねぇ、と話しながらくすくすとちいさく笑って。ひと心地ついてすっかり力の抜けている背を撫でた。……まだ燻っている熱に、火を点けるように。ちいさく跳ねた肩を見て、ほらやっぱり、と内心で笑う。たった一度イったくらいで満足できないことくらい、よく知っている。
「ひとりで気持ちよくなってないで、俺のことも満足させてね?」
煽るようにそう言って、軽く頬に口付けた。ぽっと一瞬で真っ赤に染まって熱を持つそれに、頬ずりをして。薄い腹部に、ぐりと俺の熱を押しつける。困ったように眉を下げた彼女が、こくんとちいさく頷くのを見て、じわじわと迫り上がってくる焦燥を、必死に抑えた。
「ふふ、想像しちゃった?久遠ちゃん、俺のこれだぁいすきだもんね?キスだけでイっちゃうくらい快感に弱くて、敏感になってるそのちっちゃなお口で、こーれ、奥まで咥えたらどうなっちゃうかなぁ♡ 試してみよっか?」
すりすりと、押しつけたままのそれを服の上から指でなぞって、さらに意識を高めさせて。ほんの少し意地悪にそう聞くだけで、糾弾するような涙目が俺の瞳を見据える。ただ、その視線は糾弾であって糾弾ではない。そんな風に焦らさないで早く欲しい、と言葉にしない彼女の|要求《おねだり》だ。
「あは、物欲しそうな目しちゃってるね♡ 久遠ちゃん、もしかしてもう俺の、ほしいの?」
敢えて焦らして、そう尋ねる。本当は、早く夢中に乱れる様を、誰よりも見たいけれど。――限界まで高めてあげた方が、彼女の色香は濃く花開くから。無意識に喉を鳴らして、あと一歩のところで誘惑に耐えて踏ん張っているその表情が、背中を押されて堕ちてくるところを……何度でも見ていたい。
「……っ、ほしい、です」
酩酊して呂律が回らなくなるような錯覚がするほど、互いに溺れられるように。一番良くなる方法を、その日ごとに選びながら……なんて。御託の上ではそうだけど、ただ、俺が〝俺で乱れる〟彼女を見るのが、好きなだけ。欲求を抑えられずに唇を湿らせる、赤い舌先をちらと視線で追う。あの舌で、口で愛されて求められるときの快感を、俺の身体ももうすっかり覚えてしまっている。衝動が疼いて、止まらない。ぺろり、と。ご馳走を前にして焦れる気持ちを抑えながら、いつものように言葉を引き出す。
「ほんとに素直だねー……。久遠ちゃんのお口に、俺のなにがほしいの?」
「千弘さんの、おちんぽ……私のお口にください……♡」
ひと呼吸の間もなく、要求通りにおねだりをして口を開いてみせる様に、喉奥が鳴る。
「よく言えました♡ それじゃ、そのお口に咥えていーよ。あ、でも普段の身体じゃないんだから、無理はしないこと。いーい?」
「はぁーい……♡」
ちいさな手がジッパーにかけられて、ぞくぞくと背徳感が背筋を駆けのぼっていく。ぴりぴりと淡い電流で嬲られるような感覚に、身を委ねて手慣れた手つきで俺のそれに愛おしげに口を寄せる顔を、くいと上向けた。
「ちゃーんと、俺のおちんぽしゃぶってる、えっちなお顔も見せて♡」
上から見据えた俺の視線を、彼女が逸らせなくなったのを確認して。まだこんなにちいさな外見でも、ここまでとろとろに蕩けた表情ができるんだなぁ、と。お菓子の効果が切れるまで、高めて高めて……極限まで高めて、それから元に戻ったときに、ようやく焦らしに焦らされた欲望を、最奥に穿たれて善がる様を見れるまで、朝一度俺を受け入れたあとの彼女が、耐えられるかなぁ……と。
――期待と羨望と、どろどろと溶けて混じった欲を乗せた熱い吐息を、ひとつ吐いた。
多分、彼女は拒絶しないだろう。こんな機会はなかなかないし、試してみようとそっと心に決めて、彼女がくれる身を焦がすような快楽を、俺もいっしょに享受ことにする。
このまま、気持ちいいことだけで頭の中がぐちゃぐちゃになるくらい。互いに乱れる時間も、俺たちにとっては〝しあわせ〟だから。